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時を越える

2023.3.16

ソーシャルデザイン実習(以下SD実習)では、2022年10月30日から11月2日まで、東京の美術館で展示を鑑賞する東京アートツアーを実施しました。ここでSD実習生の5名による作品鑑賞をお届けします。

クリスト=クロード・ジャンヌ・クロード《包まれた凱旋門》(2021)

東京赤坂にある21_21 DESIGN SIGHTの企画展「クリストとジャンヌ=クロード “包まれた凱旋門”」を訪れたのは、小春日和の2022年10月31日。受付から吹き抜けの階段を降りていくと、踊り場に若い女性と男性の単身ポートレートが2枚並ぶ。さらに降りると高い天井の大きな空間に浮かぶ巨大なモノクロの写真が目に飛び込む。サハラ砂漠の砂丘を駆け降りる男女2人。この展示のタイトルになっている2人の現代アート作家、クリストとジャンヌ=クロード夫妻の若き日の姿だ。

砂漠を駆ける若き日の作家らのモノクロ写真が出迎える

その先に、1960年代から2人が手掛けてきた作品が動画で紹介される。11の島の輪郭に沿った海面をピンクのポリエチレン布で覆った《囲まれた島》(1983年、アメリカ、フロリダ州)。後に統一ドイツの議事堂になるライヒスタークを完全にポリプロピレン布で包んだ《梱包されたライヒスターク(帝国議会議事堂)》(1995年、ドイツ、ベルリン)。建造物や島、谷を布で梱包する巨大な作品はいずれも、2週間ほど実現したのちに解体されている。

パリの凱旋門を布でまるごと包んだ現代アート《包まれた凱旋門》も、もはやこの世には存在しない。構想から実現まで60年をかけ、2021年秋に16日間だけ姿を現し、コロナ禍のなか600万人を集客して、解体された。

巨大スクリーンに映し出された《包まれた凱旋門》

本展示は、そのプロジェクトの一部始終が、動画や写真、凱旋門の模型、梱包に使われた再生可能素材の布と同種の実物などにより、背景や製作過程を含めて追体験できる展示となっている。

大画面に映し出されるのは、巨大な銀の布が凱旋門の頂上から降りてくる様子、数メートル置きに並んだパリの大工が命綱を伝って壁面を降り赤いロープを固定していく姿、完成した作品の足元を埋める大勢の観客、夜景や夜明けの光に映える銀色の凱旋門、、。妻亡き後に構想実現に邁進したクリストも、わずか数か月前に他界、意思を受け継ぐ関係者の手で実現にこぎつけたという。

壮大で精密な作業の様子は写真パネルでも紹介されている

なぜ包むのか。アートに若干の苦手意識を持ちながらアートツアーに参加した自分にとって、明確な問いを持って入館した数少ない展示だった。巨大な梱包で景観を変えるプロジェクトの数々に触れ、凱旋門を含めパリの風景が変化する様を多様なメディアを通して見るうちに、ふと、腑に落ちる瞬間があった。風景を変えてみる方法には、消す、改造する、包むがあるとして「包む」だけが修復可能な手法ではないか。見慣れた風景が一変する驚きや違和感を体感させ、日常をゆさぶる仕掛け、それが包むことかもしれないと、作品と対話した実感が得られた。

梱包に使われた資材はすべてリサイクルされ、同種の布とロープが展示されている

またプロジェクトに参加した14人のインタビュー、天候に応じた布の耐久実験の様子など多彩な記録から、この作品に凝縮した「時」が浮かび上がった。作家の発想から実現までの60年という時。これは作家本人が編み上げてきた、景観を変える巨大プロジェクトへの認知を高める時間でもある。そして作家の死すら乗り越える。高度な施工技術や適した梱包素材の開発も、技術の進展に時を要する。これには、資材すべてを再生可能素材で調達する、地球環境問題への社会デザインが組み込まれている点でも、時代に応えたものだろう。わずか16日間で消えながらも、最新の撮影技術を駆使して記録による再現性を獲得したことは、この展示を見れば納得できる。

こうして、人間の有限性、作品の有限性を軽々と飛び越える作家の意思、その強靭さこそが、容易に分からせてくれないアートに惹かれるひとつの源泉かもしれない。