ソーシャルデザイン実習(以下SD実習)では、2022年10月30日から11月2日まで、東京の美術館で展示を鑑賞する東京アートツアーを実施しました。ここでSD実習生の5名による作品鑑賞をお届けします。
堀尾 昭子《無題》2018
パンデミック真っ只中の2022年10月、東京都港区六本木にある森美術館の展覧会「地球がまわる音を聴く」に足を運びました。ここには国内外のアーティストによる約140点の作品が展示されていました。暗い展示スペースを抜けると、一面白壁の明るく広い展示スペースにたどり着きました。
そこには、高さ3m 、幅10mはあるだろう広い白壁に、2名のアーティストによる対称的なアート作品が向かい合って掲示されていました。一方は、原色の絵の具でカラフルに塗られた、大小様々な膨大な数の画材道具が壁一面に敷き詰められて貼られていました。もう一方は、小柄な私の目線と同じくらいの高さに、手のひらに乗るほどの小さな小さな箱や鉄板が、数メートル間隔で点々と静かに置かれていました。この10cm大にも満たない静かな鋭角の塊は、展示スペースの広大な白壁に浮かび上がり、周囲との対比によって一層目立っています。人々は、この小さな作品が発する強い存在感に惹きつけられ、足を止めてじっくりと見つめています。
これらの小さな作品たちは、四角く直線的です。四角いガラスや厚紙の上でさらに直線で仕切られていて、やや彩度を落とした同系色が緻密に塗り分けられています。一部には三角形に切り落とされたきれいな鏡が貼り付けられています。浮かび上がる図形には左右上下対称というような法則はないようです。
作者は堀尾昭子氏。85歳の女性です。これらの作品と対面で展示されている、賑やかな作品の作者は堀尾氏の夫である堀尾貞治氏です。昭和時代を生きた夫婦のそれぞれの作品が同じ空間に展示されています。堀尾昭子氏は就職や結婚後も規模を縮小しながら創作活動を続けていました。制作時間は毎晩深夜1〜2時間程度で孤独だが創作に没頭できるその時間が至福の時であるそうです。堀尾昭子氏は「歳を重ね自然体で製作できるようになったことから作品サイズが小さくなった」と言います。扱う素材は、作品ごとにガラス、段ボール、千代紙、鏡など、どれも日常にある素材ばかりです。その小さな作品は、多くを語りませんが、素材と形は選び抜かれ、年齢からは想像しがたいような鮮やかな色が数色施され、奥行きなど細部までこだわり抜かれています。芸術や創造性に向き合うことが、決して容易なことではないことが伝わってきます。
何歳であろうとどんな時代であっても想像力は自由で無限です。辛いことがあっても自分ができることは何かを考え一生創作と向き合う強い気持ち、自分の可能性を自分で広げると信じて生きる生き方、作者が命をかけて幸せや喜びを体感し続けてきた証が、小さい四角形に込められています。作品を取り巻く空気には緊張感が漂います。
この企画展には「パンデミック以降のウェルビーイング」という副題があります。新型コロナウイルスの伝播を契機に、世界は不安と不確定に満ち溢れていることに改めて気付かされました。今の時代に生きる人が、この小さな作品に足を止めて、自分にとってウェルビーイングとは何かを見つめ直そうとしているのかもしれません。