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医療者と科学技術コミュニケーション ~まずは足元から~

2023.3.20

坂入伯駿(選科B/医学研究者・医師)

私は基礎医学研究者、大学教員、そして医師として、研究・教育・臨床の面からそれぞれ微力ながら医学・医療に携わっています。動物園や科学館が好きで、科学技術コミュニケーションには昔からぼんやり関心を持っていました。しかし現在の職に就いて以来、より実践的な問題意識から科学技術コミュニケーションの重要性を感じるようになりました。というのも医学・医療は、研究や教育は勿論のこと、臨床も含めて常に科学技術コミュニケーションの実践の場なのです。例えば外来受診ひとつとっても、専門家である医師が病気の原因、経過の予測、治療の必要性や副作用のリスクなどを判断し、それらを踏まえて当事者である患者さんに伝え、その上で必ずしも科学だけでは推し量れない患者さんの不安や願いに寄り添いながら方針を決定します。この過程はまさに科学技術コミュニケーションそのもので、より良い医学・医療の実現には科学技術コミュニケーションの考え方とスキルが重要だと日々感じていました。そしてこの問題意識は、COVID-19の流行、またそれに伴う専門家と市民の対立を目の当たりにしたことで更に高まりました。私の仕事や生活を取り巻く科学技術コミュニケーションの問題について専門的・体系的に学べる場所を探す中でCoSTEPを知り、受講を決めました。

研究・教育・臨床のいずれにおいてもまずは文章を介したスキルが基本と考え、私は選科Bを選択しました。講義では自然科学のみならず人文科学や社会科学、更には学問の枠を超えてジャーナリズムやアートを含む様々な分野の方々を講師に迎え、幅広い視座から科学技術コミュニケーションについて理解を深められる内容でした。学際的な刺激を受け、新鮮な驚きや発見の中で非常に楽しく学ぶことができました。中にはあまりの考え方の違いに困惑するほどの講義もあり、それは裏を返せば専門職集団の中で知らず知らず内面化していた“常識”を見つめ直す貴重な機会でもありました。また余談ですが、まとまった時間が取れる時にアーカイブで受講できる授業形態には大いに助けられました(甘えてしまったとも言えますが……)。

動画講義のほか、10月の3日間は北海道大学に赴いて集中演習に参加しました。多種多様な背景と目的を持った受講生が一堂に会し、「プレスリリースを基に高校生向けの科学ニュースを1つ書き上げる」という課題に取り組みました。受講生同士で何度も原稿を読み、良い点や改善点を指摘し合い推敲する中で、「伝わりやすい説明とは何か」「そもそも“伝わる”とは何か」ということを全員で真剣に考え続けました。一見孤独な作業に思えるライティングも、他者との相互作用を伴う対話なのだと強く実感した3日間でした。

カリキュラムを修了した今、私がこれからの業務の中で実践できる科学技術コミュニケーションは些細なものかも知れませんが、そんな小さな足元からの実践が少しずつ科学と社会の関係を良くしていくのだろうと確信しています。そんな確信を得たのは、CoSTEPを通じて沢山の受講生や講師の方々に出会い、科学技術コミュニケーションの実践に触れたからです。CoSTEPに関心を持ったきっかけは志望者の数だけあると思いますが、大それたきっかけではなくとも、まずは自身の足元から科学技術コミュニケーションについて考えてみませんか。それはきっとあなたにとっても、また科学や社会にとっても意義深い時間になるはずです。

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