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モジュール4-1「感情的理解のためのアプローチ」(10/14)池田貴子先生講義レポート

2023.11.10

伊藤泰幹 (2023年度グラフィックデザイン実習/学生)

近年ツキノワグマやヒグマの出没をはじめ、イノシシ、サルなど野生動物と人間社会のかかわり方が注目を集めています。野生動物と人間の関係性を考えていくには、人間社会も考慮にいれることが欠かせません。M4-1の池田貴子先生の講義では、キツネのリスクコミュニケーションを通して、野生動物問題解決のために必要な感情的理解に関して学びました。

野生動物にはどんなリスクがあるのか?

野生動物と人間のかかわりあいには、正の側面もあれば負の側面が存在している場合があります。例えば、北海道大学の札幌キャンパスでも時々見かけるキタキツネ。キタキツネと人間の関わり合いには、アイドル性や観光資源となりうるような正の側面があります。一方で、エキノコックス症の原因となる寄生虫を有していたり、住宅敷地に侵入する、人間やペットを威嚇するなど負の関係性(リスク)もあります。

(キタキツネを事例にさまざまな側面を語る池田先生)

野生動物のもつリスクと付き合っていくためには、リスクマネジメントがかかせません。リスクマネジメントとは①どんなリスクがあるのかを特定し、②そのリスクがどのくらいの影響を及ぼすものかを算定し、③そのリスクがほかのリスクと比べてどれほど重要かを評価し、④リスクに対応する流れで実施されます。野生動物の問題は、動物種や問題を起こす個体・場所が異なるため、どんなリスクがどれほどあるかが分かりにくいそうです。そのため、②リスクの影響算定や③リスクの重要性評価が困難となり、リスクマネジメントを実施することが難しいとされています。

リスクマネジメントが難しいと、リスクに対応するために必要なコミュニケーション(リスクコミュニケーション)も難しくなります。特に、野生動物の問題は実際に被害に遭う人が少ないことから、リスク自体が他人事になりやすくNIMBY問題(ごみ処理場など公共的に必要な事業であると理解されるが居住地内で実施するのを反対されがちな事業にまつわる問題、Not In My Back Yardの頭文字をとる)に陥りやすいと先生は言います。例えば、クマの例では、出没を防ぐための草刈りなどを自分以外の人がやってほしいと思う傾向があったり、市街地に出没した個体の駆除にほかの地域から苦情が来たりするなどが起こっています。このように「自分ごと」と実感しにくい野生動物問題ですが、キツネなど都市に生息するアーバンアニマルの場合、動物が身近にいないため他人事に考えていたような都市住民もかかわらざるを得ないという問題についても先生は指摘します。

キツネのリスクとは?

では、実際にキツネをめぐる問題はどうなってきているのでしょうか。キツネにまつわる問題としてエキノコックス症を例に、予防対策の難しさからリスクコミュニケーションの実践へと先生は解説してくれました。
エキノコックス症は、キツネやネズミに寄生するエキノコックスという寄生虫が人間の肝臓に寄生することで発症します。エキノコックスの虫卵は、ネズミの体内に取り込まれ、そこで幼虫に成長し、無性増殖します。キツネは、エキノコックスに寄生されたネズミを捕食することでエキノコックスの幼虫を体内に取り込みます。キツネの体内に取り込まれたエキノコックスは、成虫に成長し虫卵を放出します。その虫卵はキツネから排出された糞に含まれる形で環境中に放出されます。環境中の虫卵をネズミの代わりに人間が取り込んでしまうとエキノコックス症に感染する可能性があるそうです。全道的にエキノコックスに寄生されたキツネが確認されており、エキノコックス症の患者も過去20年間10-30人、報告されています。さらにキツネは人馴れが進んでいるため、人間の生活圏とキツネの生活圏がかぶるようになっています。このような状況では、将来的にエキノコックス症の発生確率の上昇も危惧されています。

エキノコックス症に対する対策

エキノコックス症に対してどんな対策ができるのでしょうか。個人でできる対策と行政が実施する対策に大きく分かれます。まず、個人の対策では、体内に虫卵を取り込まないことが予防の大原則とされています。そのため、外から帰ったら手を洗う、野菜などはよく洗う、キツネの糞や犬の糞(犬もエキノコックスに寄生されます)を素手で触らないなどの対策が必須です。行政レベルでの対策は、キツネの体内からエキノコックスを排出させる駆虫薬(ベイト)を散布することが挙げられます。キツネが利用するところに継続的にベイトを散布しすることで、市街地周辺のキツネはエキノコックスに寄生されていない状況になります。それによりエキノコックス症の感染リスクを減らすことができるそうです。しかしこれらの対策は、十分に社会実装されていない場合があります。なぜでしょうか。
その理由には、問題を未然に防ぐ対策に特徴的なジレンマがあります。エキノコックス症を予防する対策のように、問題を未然に防ぐ対策では、対策が成功している間にはその必要性が認識されにくく、対策が失敗したときにのみ批判されるといったジレンマが存在するのです。

説得ではなく「納得してもらうコミュニケーション」へ

先生は、問題を未然に防ぐ対策に特徴的なジレンマを乗り越えるために平時のリスクコミュニケ―ションの大切さを強調します。その実践例として、札幌の都市公園でのリスクコミュニケーションを解説してくれました。札幌の都市公園ではキツネが生息しており、公園の管理者に周辺住民からたびたび苦情が寄せられていました。そこで、札幌の都市公園のお祭りにCoSTEPの受講生とともにワークショップという形で地域住民向けのリスクコミュニケーションを実践してきたそうです。また、公園管理者・地域住民とのコミュニケーションを継続し、信頼関係を築いてきました。
リスクコミュニケーションをするうえで何が大切なのでしょうか。実践から見えてきたのは、説得ではなく、納得してもらうようなコミュニケーションだそうです。リスクコミュニケーションにおいて、市民参画や地域との信頼関係を築くことが重要です。その中で、納得してもらうようなコミュニケーションを目指すためには、リスクの捉え方は人それぞれでその人にとって何がリスクか、自分にとって何が大切かを考えることが大切だそうです。また、活動のゴールを忘れないようにすることも重要だそうです。

(池田先生が取り組むリスクコミュニケーションの一例の様子)
おわりに

グラフィックデザインの実習では、講義で紹介されていた都市公園のお祭りの企画運営に携わらせていただきました。実習を通して、信頼関係の重要さや住民の方々にとってのリスクの捉えられ方の違い、説教臭くなく納得してもらえるコミュニケーションの大切さを日々実感しています。今回の講義では、実践で気にしていた内容を体系だって整理でき活動のゴールを捉えなおすような機会になりました。
日々、ヒグマに対する市民の認識をテーマに研究をする私ですが、そちらのアイデアにもつながるお話がたくさん出てきてとても納得する講義でした。

(授業に聞き入る筆者)

池田先生、ありがとうございました。