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チラシ製作記:137サイエンスカフェ札幌 「ウイスキーと、これからの林業。木遣い感謝いたします〜」

2024.10.5

2024年度(20期)本科 グラフィックデザイン実習 受講生


今回のサイエンス・カフェは、樹木細胞壁成分「リグニン」の研究者である幸田圭一先生を講師にお迎えし、ウイスキーをこよなく愛する先生と共にウイスキーと木材の関わりや林業の未来について考えるという斬新な企画です。グラフィックデザイン実習(以後、「グラ班」と表記)では、このサイエンス・カフェのチラシ制作に取り組みました。今岡広一さん(社会人)、生形綾音さん(北大生命科学院 修士1年)、澤田駿さん(北大生命科学院 修士1年)、那須友哉さん(北大生命科学院 修士1年)、義平健太さん(北大生命科学院 修士1年)、この報告を書いている横田香世(社会人)の6名のメンバー全員で試行錯誤しつつも完成まで漕ぎ着けた経緯を紹介します。


1. ウイスキーから林業を展望するって??? すぐには理解が追いつかないグラ班(第1回目の打ち合わせ:7月27日)

初回の打ち合わせでは、サイエンス・カフェの概要が示されました。対話の場の想像実習(以下、「対話班」)の構想は、参加者をウイスキー好きの人やウイスキーに関心がある人に絞り、木樽熟成されるウイスキーを試飲しながら木材利用および持続可能な林業について語り合うというものです。会場は、木材がふんだんに使用されている遠友学舎、もしくは北大マルシェで、時間帯は夕暮れから夜、対象は成人とのこと。したがって、チラシは大人っぽく、お洒落な感じで、決して「重い雰囲気」にならないように、内容として森林や木の魅力、またウイスキーと木の支え合いや林業の循環を示したいとの要望がありました。メインタイトルは「ウイスキーと、これからの林業。」サブタイトルが「お木遣い感謝いたします」であることも提示されました。続いて、対話班各人のチラシイメージを聞かせてもらいました。

ウイスキーを入り口にするアイディアには共感しましたが、1時間の打ち合わせだけで開催趣旨の理解は難しいとお互いに感じていたのでしょう。対話班とグラ班全員のLINEグループがすぐに作られました。質問や確認事項、お願い事まで随時投げかけることが出来るようになり、その後、参考になる資料や情報もたくさん共有していただきました。

(余市蒸溜所の樽)

2. 対話班に提案する「チラシ」ラフ案を作成する

とはいえ、ラフ案を提案する第2回打ち合わせは1週間後にやってきます。少々不安を覚える私たちに、池田先生は過去のチラシ作成の足跡を綴ったファイルを見せてくれました。完成までの道のりは紆余曲折ですが、納得の1枚に仕上がっていく経過を見ると、私たちも段階を踏んでやっていけば完成にたどり着けるはずです。

まずは、各自が思いつくままに沢山のラフ案を作ることにしました。そして、持ち寄ったラフ案を扱う素材によって次の4つの案にまとめました。

案1:「ウイスキーを通してみる林業」をグラスの中に森林を映すことで表現
案2:ミズナラにフィーチャーして、林業へのつながりを意識させる
案3:黄昏時を思わせる背景色にウイスキー瓶と木をシルエットで表す
案4:ウイスキーを熟成させる貯蔵庫の写真を用いて、木樽による木材利用を示す

手法は、案3が手描きイラストで他は写真を用いています。

(まずカフェのテーマや研究内容をグラ班みんなで勉強します)

これらの案を作っていくときに、アイデアの幅を広げるために生成AIも活用してみました。グラスに氷を入れてもらおうと試したのですが、生成AIは相当な頑固者で、「ウイスキーのオンザロック」をオーダーしているのに、茶色い液体の入ったグラスの横や下に、氷ではなく「岩石(ロック)」を登場させるのです。プロンプトを工夫しても、意地を張ったように必ず「石」が出てくるので呆れるやら、可笑しいやら…。

こんなふうに案を具現化していくうちに、対話班に確認しなければいけないことが見えてきました。一つは、言葉の解釈の問題で「重い雰囲気はNG」とのことであったけれど、重いというイメージはどのようなものなのか。もう一つは、幸田先生のお話の内容と関わって、ウイスキー樽やミズナラの木は重要な事項となるのかということです。デザインの方向性を示すキーワードを共通認識しておくことの必要性を、走り出してから気づいた私たちでした。

(林業とウイスキー、カフェではどちらに重きをおくのかによって、ミズナラの姿は絶対必要なのか、それとも樽になった状態のほうがふさわしいのかが決まるはずだ、とグラ班は考えました。)

3. 「お木遣い」or 「お木使い」どっちが適切? 趣旨を深堀りすることで見え始めたデザイン案 第2回目の打ち合わせ(8月3日)

2回目の打ち合わせでは、上記の4つの案を提示しながら対話班の望むデザインを探っていくことを目指しました。「重い雰囲気はNG」は、硬い雰囲気、勉強、深刻な問題という雰囲気がダメという意味であること、また、当日の話の流れはウイスキー→化合物→木材利用というような流れになる予定なので木樽やミズナラが中心ではない。樹種というよりは木材利用というトータルな話になるので、案1、3のような、ウイスキーを入り口としたデザインが適切であることがわかりました。

さらに、サイエンス・カフェの内容に突っ込んでいきます。「木材の化合物から木材利用にどう話がつながるの?」「環境問題のイメージか?持続可能な利用という話なのか?」「ウイスキーが単に入口であれば、チラシでウイスキーを推し過ぎて、実際の内容がウイスキーについて少なめだと来場者の不満が出ないのか?」「幸田先生はどれくらいウィスキー好き?」など、疑問に思うことを次々に対話班にぶつけていきました。企画の趣旨が腑に落ちれば、一気に進めそうな気がしてきたのかもしれません。

(チラシの原型ができてくると同時に、カフェ自体のコンセプトの再確認の必要性を強く感じるように。)

サブタイトルの「お木遣い感謝いたします」についても、その意味を尋ねました。対話班の思いの根底にあるのは、「好きなことをしていたら森林の循環に貢献できていた。つまり森とつながっているんだよ」というのを表せたらいいなということで、特に説明はしないけれど木材の使用に感謝しますという気持ちだそうです。ゆえに、「お木遣い感謝いたします」の意図がチラシに足りないと感じていて、もっと柔らかくてアットホームな雰囲気を出してほしいという要望が上がりました。

グラ班としては、「そういった思い入れがあるならメインタイトルとサブタイトルが逆ではないのか?」「使用している漢字の「遣」は「木遣り(きやり)」を連想させるから、木を使ってもらうことを指すならお木「使」いがいいのでは?」とさらに質問を重ねていきました。

多分、ここが大事な箇所だと感じていたのだと思いますが、残念ながらこのあたりで時間切れとなり、その後のLINEでのやりとりでデザインの方向が定まりました。まず案1のグラス案をベースに進めること。参加者の方に、お酒を片手に楽しく話せるバーへ行くようなイメージを持ってほしいので、

  • 人が複数人いるような賑やかさを感じさせたい
  • グラスを持つ手の印象を大事にしてほしい
  • 日没から夜のイメージにしたい
  • グラスの中に映るのは複数本の木のほうが林業のテーマに近づくと思われる

といったかなり具体的な指示をもらいました。2回の打ち合わせを経て、サイエンス・カフェのイメージが両班で共通認識できるようになってきたようです。

(ウイスキー本体を前面に出すデザインに決まったところで、ウイスキー「らしさ」の分析を始めた。)

4. デザインがほぼ固まる 第3回打ち合わせ(8月11日 Zoomにて)

3回目の打ち合わせに向けて、ひとまず写真素材を活用しながら案を練っていきましたが、何といっても悩ましいのは、グラスの向こうに森林があるという表現です。単純に、森林の写真をグラスの後方に配置するだけでは芸がない。ならば、広葉樹のシルエットを作ってグラスに直接貼り付ければよいのではというマンネリを打破するアイディアが出ました。そして、そのグラスを持って2人の人が乾杯しているシーンと、カウンターにグラスが2つ置いてあるシーンの2つの具体案を作り込んでいきました。

この時点で、文字フォントにも関心を向け始めました。フォント関連の書籍も見せてもらって、ウイスキー関係でよく使われているフォントや小粋な感じがするフォントなどを選び、配置しながら適切なものを探りました。

3回目の打ち合わせは、Zoomで行いました。対話班からは、バーの雰囲気が出ていてよいと、まずまずの反応をもらいました。フォントもマッチしているし、森林もウイスキーグラスを通して伝わると思うと言ってもらえて、一安心。そして、幸田先生と参加者が話すような雰囲気が醸し出される2人が乾杯している案でいくという方向性が固まりました。

ここで挙がった課題は、次の3つです。

  1. 飲み物が麦茶に見えないように
  2. サブタイトル「お木遣い 云々」のフォントは誰かの口から出たような感じに
  3. 林業との結びつきが、もう少し感じられるように

なお、グラスの形は飲み物がウイスキーであることを表す手段のひとつになるけれど、グラスの形に規定はないか、また、飲み方(ストレート・オンザロック・ハイボールなど)も何でもいいのかという確認を取りました。居酒屋のようにならなければよいとの了解を得て、今後は進捗状況をLINEで確認してもらい、完成版もデータで最終確認をお願いすることになりました。

5. チラシ制作本格始動(1)写真撮影のための小道具準備

デザインが固まり、素材となる写真を撮る段階に来ました。では、ウイスキーを飲むにふさわしいグラスってどんなのか?とりあえず、それらしき形のグラスをいろいろ集めて、その中からイメージに合うものを選び出しました。乾杯している2人は異なる形のグラスを持っている方がいいのではないかということで、片方は底に厚みのあるほぼ寸胴のグラス、もう片方は丸みのあるグラスとなりました。

(さまざまな種類のグラスを買ってきて試しました。10種類のうち採用されたのは2つ。)

次に、グラスに貼り付ける木々のシルエットを作ります。木の高さや枝の広がりをバランスよく調整し、シルエットも黒一色やグレーを交えたバージョンも作り、透明のシールにプリントしました。

貼る段になると、寸胴の方は比較的スムーズに貼れたのですが、丸いグラスの方が難題でした。まっすぐに印刷したシルエットでは上手くフィットできないので、グラスの展開図を想像して、イラストレーターで歪ませたシルエットを作ろうということになりました。歪ませ具合をいろいろと変えては紙に印刷して、グラスに付けてみるという作業を繰り返し、予想よりもかなり歪ませたものが、やっとフィットしました。

(Illustratorで木のシルエットを作る)

課題の一つ、麦茶に見えないようにするにはどうすればいいかと思いを巡らすと、バーで飲むウイスキーといえば、バーテンダーがアイスピックで削る丸い氷が象徴的なような気がしてきました。そんな話をしていると、数日後グラ班の一人が、3Dプリンターで立方体と球体の氷を作ってきてくれました。丸氷は高級感を醸し出し、立方体の方は、角が少し溶けかけた状態になっていてリアルです。これで、写真撮影時に氷が溶けてグラスに露か付いたり、手が濡れたりするというトラブルが未然に解決されました。

(3Dプリンターで氷の模型を作る)

6. チラシ制作本格始動(2)いざ写真撮影、「手タレ」は忍の一字

小道具準備が整ったところで、写真撮影に臨みました。バックは黒い紙とし、その前にグラスを持つ2人が立ちます。ライティングが大事と光量や方向をあれこれ試し、何枚も写真を撮って写り具合を確認していきました。

すると、いろんなパターンを試したくなってきます。例えば、①両方のグラスに木のシルエットがあるほうがいいのか、片方にした方がメッセージ性が強くなるのではないか ②氷を両方に入れるか、片方にするか。どの氷を入れるか ③乾杯の手の位置関係やグラスの傾き加減の最も適切な姿はどのポジションか、などです。

(何パターンも何十枚も撮影。)

手タレの2人はどう写っているのか見えない状態でただ支持を受け、何度も何度も撮影が繰り返されます。最終バージョンとして、丸みのグラスにだけ木々のシルエットを貼り、それがはっきり見えるように氷をなくしたパターンで撮影し、いい感じに撮れたなあ〜となったところで、さらにもう一声!!グラスにグルリと一周貼っているシールを、前面だけにしようということになりました。

確かにその方が木のシルエットは明瞭になります。でも、一周貼るために苦労したのではなかったのかとの思いが頭をかすめます。けれども、誰も何も言わず、何事もなかったかのように前面にだけシールを貼ったグラスを作り直し、淡々と再撮影の作業が進められます。そして、マチエールを出すライティングを施して会心の一枚へと導かれました。

グラスの中の液体は各種の茶色っぽいお茶を試した中で、アールグレイを使用しました。加えて、少し粘性を出すためにガムシロップを少量垂らしています。

(何度も撮影→確認→修正を繰り返しました)

7. チラシ制作本格始動(3)文字フォントと紙面のレイアウト

メインのモチーフとなる乾杯写真が出来ました。同様に、背景のバーの光景についても伝手を頼ってお店に撮影に行こうとしていたのですが、時期的に対応していただくのが難しく、適切な写真素材をさがすことになりました。ネット上に溢れているように思える写真素材ですが、お誂え向きのようなものは見当たりませんでした。それで、バーの雰囲気がある動画の一場面を切り取ったうえで、さらに加工を加えています。

背景も決まり、次は文字表現へと移りました。ウイスキーと大人の雰囲気に合致したフォントを選び、そのレイアウトを決めていきました。どこに置くのか、どの部分を揃えるのか、文字ポイントの大小など、微妙なさじ加減によって端整なチラシになったり、少々ダサくなったりすることを実感しました。

課題となっていた「お木遣い、感謝いたします」は文字を囲む棒線も含め、手書きで何パターンも作り、その中から楚々としていて読みやすいのを選びました。それを「吹き出し」のように乾杯するグラスの間に配置しました。これで、主催者からの大切なメッセージだということがきっと伝わるはずです。

(「お木遣い、感謝いたします」はiPadを使って手書きで何通りも書きました)

8. 最期の粘り、残された課題に挑む

チラシの表面は概ね完成となったものの、対話班からもらっていた課題の三つ目、林業との結びつきを感じさせることについては、不充分さがあるのは否めません。チラシには裏面もあります。林業に結びつく表現に達するまで努力を続けました。

裏面の主な内容は、開催趣旨と幸田先生のプロフィールです。その文字原稿を美しく、読みやすくするために、文頭だけでなく、文末を揃えるために微妙な文字間隔を調整しています。文字数が多くても、かたまりとしてバランスをとることで洗練され、情報が伝わりやすくなりました。

そういった地道な作業で生まれた美しい余白に、林業要素を盛り込みました。グラスに貼った森林シルエットを一部使いながら、森から伐採された木材、それを荷台に積むグラップルクレーン、積まれた木材を運ぶトラックを小さなシルエットで表現しました。置かれた材木に遠近感を出し、クレーンが木材を摑む角度を調整、前後関係まで表しています。表面にもさらに一工夫を凝らしました。申し込み用のQRコードをチェーンソーで伐っている人がいるのです。QRコードが読み込めるかどうかを確認しながら、チェーンソーの位置を決めました。

最後の仕上げという場面で、グラ班の先輩たちの偶然の訪問がありました。すると、真っ先に林業イメージを醸し出した部分に目を留め、秘めたる努力にすぐに気づいてくれたのです。先輩たちは、細心の気配りを持ち続けながら最後までやりきるグラフィックデザインをされてこられたのだと実感しました。

9. 神は細部に宿る

一枚のチラシデザインのためにどこまでやるのか、何をもって完成とするのかについての正答はありません。もし、今回の背景写真のために実際にバーで撮影をしていたらどんなことになったのでしょう。複数人の人物を配し、ポーズをとってもらい、画角を定め・・・と、ほんの少し状況を思い浮かべるだけで青ざめてきます。何とか撮影ができたとしても、使える素材にするにはかなりの技術が必要となったことでしょう。イベント周知のためだけであれば、必要最低限の情報が正確に伝われば及第です。にもかかわらず、美しいデザインを目指すのは何故なのでしょうか。

対話班とのLINEを振り返ると、やりとりするうちに発注者と受注者の関係から微妙に互いがクロスオーバーしていったように思われます。対話班に成り代わって「ウイスキーと、これからの林業。」のイメージをビジュアルで伝えたい。そのための工夫を重ねることは、必定だったと言えそうです。

チラシの印刷が上がってきてからことです。池田先生が、「実は、ね」と入稿までにしてくださった仕事をいくつか明かしてくれました。例えば、乾杯している手の下にある木の机、これは写真素材を使っていますが、その写真のピントが合っている部分と乾杯するグラスの位置が合致するようにしてくださっていたのです。机と乾杯シーンの関係性が考慮されているからこそ、別の素材を組み合わせていても違和感がないのだと得心しました。文字に関しても、ロゴ以外の文字には影を付け、手書きの「お木遣い」のうち、「木」「遣」の文字を心持ち大きくされたとのことでした。それによって文字の視認性が高まるだけでなく、チラシに奥行き感が生まれたように思いました。

まだまだあるのですが、ここまでにします。池田先生の隠し味が見つけられるようになれば、私たちも成長したという証しなのでしょう。神は細部に宿っているのですから。


以上、7月27日に制作依頼を受け、8月26日に入稿する最終案を提出するに至ったチラシ制作の過程を振り返りました。