2024年2月18日(土)14:00~15:30、第134回サイエンス・カフェ「医学と工学のあいだで〜医工学の技術で実現する高精度な陽子線治療〜」を紀伊國屋書店札幌本店 1F インナーガーデンにて開催しました。陽子線治療は、高精度な放射線治療技術の一つであり、特にがん治療の分野で注目されています。今回のサイエンス・カフェでは、陽子線治療の基本原理から最新の技術までが紹介されました。
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松浦 妙子 (まつうら たえこ)さん/北海道大学大学院 工学研究院 教授 兼 北海道大学病院 陽子線治療センター 医学物理士/写真右
聞き手:
寺田 一貴(てらだ かずき)/北海道大学 CoSTEP 博士研究員/写真左
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陽子線治療とは
「放射線とは何か?」という基本的な話から始まりました。松浦先生は、私たちの身近にある光や電波も電磁波の一種であることを説明し「今、私たちが見ているような赤とか緑とか青とか、こういった目に見える光も電磁波ですし、リモコンで使う赤外線、スマホが送受信している電波も電磁波です」と解説されました。
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放射線には電磁波(X線やガンマ線など)と粒子線(陽子線など)があります。X線と異なり、陽子線は体内の特定の深さでエネルギーを集中させることが可能なため、がん組織にダメージを与えつつ、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えられるという特徴があります。
松浦さんは、この特性を「トラックと荷物」に例えて説明しました。X線は「1台に1個の荷物を積んだ多数のトラックが確率的に荷物を落としていく」のに対し、陽子線は「たくさんの荷物を積んだトラックが、進む速さに関わらず一定の速度で荷物を落としていき、止まる直前で大量の荷物を落とす」状態に例えられます。止まる直前での急激なエネルギー放出は「ブラッグピーク」と呼ばれ、この特性により陽子線はがん組織の位置に集中的にエネルギーを与え、それより深部にはほとんど影響を与えません。
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陽子線治療の進化──精度の向上と課題
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陽子線治療の精度をさらに高めるためには、いくつかの課題を克服する必要があります。その中でも重要なのが「がんの正確な位置を把握すること」です。CTやMRIを用いてがんの位置を特定し、陽子線を的確に照射する技術が求められます。
また、呼吸や消化管の動きによる「がんの移動」も問題となります。松浦さんは、北海道大学で開発が進められている「動体追跡照射技術」を紹介しました。この技術では、がん近くに小さな金のマーカーを埋め込み、リアルタイムでその動きをX線透視で追跡しながら陽子線を照射します。これにより、動くがんにも高精度で陽子線を当てることが可能になります。
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陽子線が当たったかどうかをリアルタイムで確認する試み
現在の陽子線治療では、「本当に狙った場所に陽子線が照射されたのか」を即座に確認することが難しいという課題があります。従来は、数週間〜数ヶ月後のがんの縮小具合を見て効果を判断していました。しかし、松浦さんの研究グループでは、照射直後に超音波を使って照射位置を確認する技術の開発が進められています。
超音波を利用することで、陽子線ががん細胞に到達した際に発生する「音波」を捉え、リアルタイムで照射位置を特定できる可能性があるとのこと。これは、スマートフォンのGPSの仕組みに似ており、音波の到達時間を測ることでがんの位置を特定する技術です。実現すれば、治療の安全性と精度が飛躍的に向上することが期待されます。
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今後の展望と医工学の可能性
イベントの最後には、陽子線治療の未来についての展望が語られました。特に「アダプティブ陽子線治療」という概念が紹介されました。これは、患者の体型やがんの大きさの変化に応じて、治療計画をリアルタイムで調整する技術です。現在は計算に時間がかかるため実用化には至っていませんが、高速計算技術の進歩により、近い将来、より柔軟で精密な治療が可能になると期待されています。
松浦さんは、医工学分野の研究を志す学生や若手研究者へのメッセージとして、「医学と工学が融合することで、より多くの患者を救う技術が生まれる」と話されていました。陽子線治療の進化は、まさにこの学際的なアプローチの成果であり、今後もさらに発展が期待されます。
質疑応答
休憩を挟んでの質疑応答では、参加者から多くの質問が寄せられました。具体的な病気に関する質問は控えていただく一方で、技術的な質問や研究に関する質問について、松浦先生は丁寧に回答されました。
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陽子線治療という高度な技術が、医学と工学の連携によって進化していること、医学と工学の融合がいかに現代医療の発展に貢献しているかを、松浦さんから参加者のみなさまに伝えていただきました。
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ご参加いただいたみなさん、松浦さん、ありがとうございました!