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モジュール6-2「逆になんでうまくいったと思います?:みんなで作る『学問バー試論』」(1/11)豆腐先生講義レポート

2025.3.12

阿部稜平(2024年度選科C/大学院生)

モジュール6は、社会の中で科学技術コミュニケーションの領域を意欲的に開拓されている方々を招き、社会における実践を学びます。第2回目の講義を担当されるのは、学術バーQ店長であり、実務家である豆腐(山口 真幸)先生です。一見すると接点がないように思える『学術』と『バー』ですが、学術バーQでは日々どのような出来事が起こっているのでしょうか。講義のテーマは「逆にどうしてやれてると思います?:みんなで作る『学術バー試論』」。学術バーQが営業を続けてきた背景に迫ります。

(はるばる来札いただいた豆腐先生!)
学術バーQとは

豆腐先生が店長を務める学術バーQは、2024年4月に東京・上野でオープンしたバーで、「知と対話を愛する人のための遊び場」をコンセプトとしています。日々、大学院生や研究者を招いたカジュアルなトークイベントを開催しているのが特徴です。また、スタッフの多くが現役の大学院生であるため、イベントがない通常営業日でも学術的なコミュニケーションを楽しむことができます。若手研究者や大学院生を中心にSNSや口コミを通じて知名度が広がりつつあります。対面で講義を受講した約3分の2の受講生も、講義以前から学術バーQについて耳にしたことがあったと答えていました。

(『学術バーQ』を既に知っている人の挙手が目立ちました)
日々どのようなことが行われているのか

学術研究関連のトークイベントでは、イベンターの専門分野に特化した内容や、実務家による講演、異なるバックグラウンドを持つ複数のイベンターがひとつのテーマをさまざまな視点からクロストークしていくオムニバス形式のイベント、さらには具体的な内容をあえて設定せず、ゆるいテーマで進めるイベントなど、多岐にわたる内容が展開されています。イベントのスタイルも多様で、スライド資料を用いたプレゼン形式、ホワイトボードとマーカーのみで進行する形式、さらにはイベンターが身一つで登場し、スタッフが問答形式で進行をサポートする形式など、開催形式も多様です。いずれのスタイルでも、お客さんとイベンター・スタッフが気軽に対話できる点が特徴です。さらに、イベントのない通常営業日でも、専門知識を持つ大学院生のスタッフと、学術的なコミュニケーションを楽しむことができます。

どうして学術バーが誕生したのか

エキサイティングなイベントが毎日行われている学術バーQですが、そもそもどのようにして誕生したのでしょうか。学術バーQの原点となるお店は、もともと日替わりのテーマで営業するイベントバーでした。このお店が業態を変える際、たまたま日替わりのテーマの中でも好評だった「院生バー」から派生する形で、期せずして学術バーQの前身となる学問バーがスタートしました。 当初よりこの学問バーに関わっていた豆腐先生は、「もっと思いきり、自分のやりたいように事業をやりたい」という思いから、独立する形で2024年4月に上野に学術バーQをオープンしました。

(学術バーQオープンまでの紆余曲折を話す豆腐先生)
学術バーQの特色とは

講義では、いくつかの類似した事業と比較しながら、そこで際立つ学術バーQの特徴を今一度確認しました。学術バーQでは、学術的なことがらを扱いつつも、一定の抑制をしながらコンテンツ化・イベント化しようと試みています。例えば、イベンターの方には、学部生の知識レベルで楽しめる程度に文脈を補い、専門用語を噛み砕きながら、分野外の人でも伝わるようなトークの組み立てをお願いしています。また、イベンターとお客さんの間のコミュニケーションの双方向性が非常に強い点も指摘されています。お客さんが発表中のイベンターに直接質問をし、イベンターもその場で答えながら、また別のお客さんの質問が生じる…と、時には話が脇道に逸れながら発表が進行していく、というのが学術バーQに特有の進行です。この特徴を、豆腐先生は『乱反射』的なコミュニケーションと表現されていました。他の事業では、発表と質疑応答を明確に分離するスタイルも存在しますが、このような特徴が、学術バーQに特有の、異なる立ち位置の人同士が出会って交わり生じるコミュニケーションをより後押ししているのかもしれません。『乱反射』的なコミュニケーションが自然発生するような雰囲気づくりをしていくという点は、広く科学技術コミュニケーションの実践に関して、重要なことであると感じました。

なんだかんだ「バー」である

学術バーQに限らず、一般にバーという空間・システムは、居酒屋などとは異なり、特有の慣習やマナーがあることが知られています。豆腐先生は、この『バーのお作法(例えば、粋であれ、距離感を見誤るな、気前よくあれ…といったもの)』が、学術バーQにおける学術を介したコミュニケーションを円滑かつ穏当なものにしているのではないかと考察しています。初対面の人が集まり、ときにセンシティブな話題にもなりうる学術というトピックを扱う場において、特定のテーマに関心を持って来店したお客さん同士が、心地よくコミュニケーションできる背景には、バーという装置に秘められた力があるのではないでしょうか。

(「バー」という、心地よいコミュニケーションが生まれる場について語る豆腐先生)
属人性

このような、いまの学術バーQのあり方や文化は、豆腐先生が中心であることに起因しているのでしょうか。豆腐先生は、自分が中心にいる上で良い部分もあれば、逆に切り捨てられてしまっている部分もあるのではないかと指摘しています。今後、学術バーが発展していくにあたり、豆腐先生自身に由来する「属人的かもしれない」部分がどのように脱色され、逆に何が残っていくのかという点は、今後注視すべき、興味深いポイントでもあります。

「分野外の人・アカデミア外の人でも楽しめるコンテンツを提供していきたい」という理念は、少なくとも当面は一貫していくのではないかと豆腐先生は考える一方で、「いろんな人が作る、その人なりの学問バーがあってもいい」という考え方も提示しています。お話を聞きながら、とくに今後、CoSTEPのような場で科学技術コミュニケーションを学んだ人々が、お店、お客さん、イベンターとしてさまざまな役割で関わることで、豆腐先生スタイルの学術バーに加え、新たなスタイルの学術バーも勃興しうるのではないかと、私は感じました。

(学術バーの活動が「特異」なのかどうか?今後、学術バーのような対話の場が増える可能性について議論する受講生たち)
おわりに

学術バーQが誕生し発展している背景には、「学術」を、これまで存在しなかった「バー」という場でコンテンツ化・イベント化し、お客さんとそれぞれ異なる背景を持ったイベンター・スタッフ・他のお客さんとの間で『乱反射』的な双方向コミュニケーションが発生していること、加えて「バー」という装置に秘められた潜在的な「学術」との親和性の高さが関係していると考えられます。豆腐先生は講義の中で、「分野・所属に縛られないさまざまな大学院生や研究者と繋がりがあることや、学術に関心のある人たちが店に集まっていることは、お店としての「資産」である」ことを強調しながら、お店、お客さん、イベンターの「三方よし」の視点で、自身にとって「おもろい」ことを追求していくことで、お店そのものや経営面でも今後発展していくことを確信していました。

筆者もお店に度々足を運んでいますが、イベントが面白いのはもちろんのこと、学術バーQでの科学技術コミュニケーションは、今日他の場で味わうことのできない、特有の素敵なものであり、自身のコミュニケーターとしての将来に重要な示唆を与えるものであると確信しています。

(豆腐先生、ありがとうございました!今後も学術バーQを盛り上げて下さい!応援しています!)

豆腐先生の『学術バーQ』のホームページはこちら:
https://sites.google.com/view/q-gakujutsu/home