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モジュール1-1 「科学技術コミュニケーション入り口」(5/11) 奥本素子先生講義レポート

2025.6.5

酒井誠至(2025年度選科B/社会人)

 「純真無垢な子どもたちとの科学技術コミュニケーションの場を作りたいって皆さん、言うんです。でも実際は、科学に興味がない人か反感を持つか、そういう人との取り組みが中心です。」質疑応答での一言が、私にとってこの講義を深く納得させ、また、コミュニケーターの責任を自覚させるきっかけとなりました。
科学技術コミュニケーター養成講座の一番最初となる講義をしてくださったのは、北海道大学CoSTEP部門長/大学院教育推進機構准教授の奥本素子先生です。

(2025年度最初のモジュール講義が始まりました。)

科学技術コミュニケーションの必要性と責任

講義ではまず、科学技術コミュニケーションを学ぶ重要性が説明されました。科学技術コミュニケーションには、多様な価値観や思惑の存在する実社会と科学技術の仲立ちとして両立場の合意を形成する機能があります。とは言うものの、過去の原発開発のように合意形成は必ずしも不可欠なものとはされていませんでした。ではなぜ、必要性がでてきたのでしょうか。それは人類が蓄積してきた科学技術は、二度の大戦を経て社会や国家を動かす強大な力であることが明らかになったからです。さらに膨大な研究費の確保に伴い説明責任が社会から求められるようになりました。これに加え原発事故や狂牛病など科学技術への信頼性が問われていることもあります。それらが科学技術コミュニケーションの必要性と責任の根拠であると言えます。

コミュニケーションの難しさやその対象の広がりについても触れられました。たとえば地球温暖化の問題において、時として一人の少女のストライキは、幾百もの気象データよりも人々の心を揺り動かすことがあります。このことは知識以外の要素が対話に関係することを示しています。また取り扱う範囲は、研究開始前の方針決定に始まり、研究成果の説明、そして社会に実装された時の倫理的法的な規制など多岐にわたります。受講生各自にとって、これを自分ごととしてとらえ、さらに社会とのつながりを考えて、このプログラムに参加することの大切さが強調されました。

 

科学技術コミュニケーションの4つの側面

講義の後半では科学技術コミュニケーションを4つの側面に分け、説明が行われました。

(色々な形の科学技術コミュニケーション。)

1 伝える

これについては「わかりやすい動画を作ればことが足りるのか」という問いに答えなければなりません。市民を、知識が欠如した空っぽの存在と捉えれば(欠如モデル)、正しい知識を伝えれば目的は果たせそうに思えます。しかしこの発想では、効果が薄くむしろ科学への不信を生むことが明らかとなっています。では、相手の立場によって伝え方を変える方法(文脈モデル)はどうでしょうか。残念ながら、(貧困など)社会的課題が科学の理解への障壁となり、相手の立場への配慮だけでは不十分な可能性が指摘されています。こうした中で、「伝える」手段として社会文化的アプローチが注目されています。ワクチン接種の決断に友人の判断が大きな影響を及ぼす(親友効果)ように社会的な繋がりが行動を変容する可能性があるのです。参加を通して、学習者同士で学ぶという姿勢が重視されるようになりました。繋がりを大切にすることや文化を学ぶという視点も含め、伝え方の研究の必要性が強調されました。

 

2 育む

科学的な態度や意識を育むこと。エリート養成ではなく、科学者と対等に語れる市民づくりを目標としています。このためには知識力よりも問いに取り組む力を育てなければなりません。しかし各国の調査で、科学的リテラシーの得点と科学知識への興味の高さが反相関の関係にあることは大きな課題と言えるでしょう。科学的な態度は、雇用にも良い影響を及ぼすとされ、アメリカなどでは具体的な科学技術教育が推進されています。しかしその一方で、科学政策の意思決定に実際に関わろうとするような科学的態度の醸成には難しい面もあるようです。なぜでしょうか。そこには、これからスタートする科学研究、それがどのような影響を及ぼすのかが分かりにくいという問題があります。この、もっともな、しかも大きな問題を乗り越える力は何でしょうか。それは、想像力です。未来を想像する力が、科学的な態度の土台となるのです。「育む」というミッションには、具体性と想像力という二つの軸が必要です。

 

3 省みる

ここで大切なのは、どうするのかを決めるのは科学ではなく自分たちだ、という視点です。その理由を地球温暖化問題を例に考えてみます。COの削減が要請されている、これは科学的な事実に基づいています。では、どの産業分野で削減をすれば良いでしょうか。その答えは様々な立場や価値観の間で議論を重ね、結論を出さなければなりません。科学に問うことはできても、科学によって答えることができない問題(トランスサイエンス)には、文化や社会的身分の違いを超えて対話することが求められているのです。

 

4 つなげる

ここで取り上げられたのは、ポストノーマルサイエンスと呼ばれる領域の問題です。科学的な不確実性が高く、なおかつ意思決定をした時の利害の差が大きくなるような問題。たとえば初期コロナ禍の三密回避問題です。「密」がどの程度、感染拡大に寄与するか科学的データがありませんでした。しかも、ロックダウンを含め、政策決定は大小様々な損失を引き起こします。かといって、科学的データを待つことはできません。この領域の問題について、取ることができる姿勢は「拡張された参加モデル」です。科学者を含め様々な立場の人が、集合知によって、妥当な結論を導き出そうとする姿勢です。この姿勢には「フレーム3」1) と呼ばれる、まずは社会の快適な環境を目指し、結果として経済発展を志向する研究政策の考え方も関係しています。

この問題解決で大切なことは、「伝える」や「省みる」でも述べられたように、様々な立場の人との繋がりが重要になります。同じ立場(特に科学技術推進の側)を広げることではなく、異なる意見や価値観を持つ立場の人々と緩やかに繋がっていることが大切です。実際、コロナ禍でもワクチン接種の推進に寄与したのは、保健機関への信頼感であったとの報告もあります。国民全てが保健機関と同じ立場であった、というわけではありません。見知っている、ということが大切であるのかもしれません。

(奥本先生に質問をする執筆者。)

最後に

こうして、講義ではコミュニケーションをとることの重要性と将来性が強調されました。それを踏まえてCoSTEPのミッションに「科学技術コミュニケーションの「価値創造性」と「おもしろさ」を広く伝える」ということが据えられている、という説明で講義が締め括られました。私は、その「対象」「方法」「内容」を考える中でその難しさと同時に、豊かな可能性があることを改めて認識することができました。この1年、自分なりに科学技術コミュニケーションとは何か探っていきたいと思います。

(講義終了後、受講生みんなでCoSTEPの”C”マークを作って記念撮影。)

注・参考文献

  1. Johan Schot, W. Edward Steinmueller, 2018. Three frames for innovation policy: R&D, systems of innovation and transformative change, Research Policy, Volume 47, Issue 9, 1554-1567.