浅井 勇志(2025年度本科 対話の場創造実践演習 受講生)
2025年8月30日(土)、CoSTEPの20周年を記念するイベントにて、宇宙飛行士であり日本科学未来館(以下「未来館」)名誉館長でもある毛利衛さんによる特別講演(モジュール3-1)が開催されました。

「科学コミュニケーション」と「メディア」という2つのキーワードを軸に、10項目から科学コミュニケーションを巡る40年を振り返る講演をいただきました。
この記事では、その10項目のうち「核融合研究」「スパイクタイヤ車粉塵」「地球観測」「ユニバソロジ」「文化としての科学技術」「未来智への期待」について取り上げます。
核融合研究
宇宙飛行士として知られる毛利さんは、もともと人工核融合の研究者でした。人工核融合とは、太陽の中で起こっている「核融合」という反応を人工的に再現し、エネルギー源にしようとするものです。
毛利さんは北海道大学工学部の助教として、高エネルギー粒子にさらされた材料表面の研究を行っていました。これは「研究のための研究」であり、当時の大学研究としては主流の考え方でした。

そんな中、毛利さんは日米研究者の交流事業の一環として、かつて原爆開発の重要拠点であったアルゴンヌ国立研究所を訪問する機会がありました。そこで「このような大きな施設で原爆の研究が行われていたことには、社会的にどのような意味があったのか」という疑問を抱いたといいます。
スパイクタイヤ車粉塵
この社会問題こそが、日本の科学技術コミュニケーションの出発点であると毛利さんは語ります。
スタッドレスタイヤが登場する以前、冬用タイヤには金属スパイクが付いていました。スパイクタイヤによる道路の摩耗や、削れたアスファルト粉塵が深刻な社会問題となっていました。そこで毛利さんが所属していた核融合研究室は、「脱スパイクタイヤ」に向けて動き出しました。社会と直接関わる研究を進める中で、「科学への興味は何のためか」という問いを改めて考えたといいます。
研究室は、世界各国で粉塵問題がどのように扱われているかを調査し、日本との対応の違いを目の当たりにしました。その後、札幌地下街で展示を行い、市民と交流。その様子はテレビでも取り上げられました。ここで毛利さんは、科学コミュニケーションにおけるメディアの重要性を強く感じたそうです。
実際の冬道での実験では、新しく開発されたスタッドレスタイヤが高い性能を示したものの、スパイクタイヤと同等の制動距離を得るにはわずかなスピードダウンが必要であることが分かりました。毛利さんは次のように語ります。
- 「科学技術で安全性を高めれば安全になるわけではありません。使う人のマインドにも大きく依存するのです。」

新しい技術が生まれると、その「反動」として社会的問題が生じます。そして多くの社会問題において、一般市民は被害者であり加害者でもあります。そのため、サイエンスコミュニケーションによって一般市民と研究者をつなぎ、できるだけ早めに手を打つことが重要なのです。
地球観測
2000年に行われたミッションで、毛利さんのチームは地表面データを解析しました。これは、現在ではGoogle Mapなど身近な技術として活用されています。詳細な地形データは軍事的にも重要であるため、以前は慎重な扱いが求められていましたが、2014年にオープン化され、スタートアップ事業にも影響を与える「スタートアップビジネスのための科学技術」となりました。
続けて毛利さんは、ISS(国際宇宙ステーション)の存在意義について語ります。ISSには太陽光をエネルギーに変換するパネルと、内部の熱を外に放出するラジエーターが備えられています。これは、太陽や宇宙空間と熱をやり取りする地球と同じ構造であり、まさに「地球の実験モデル」といえます。
地球は温暖化が進み、限界に近づいています。それを単なる知識として知るだけでなく、自分事として捉え、自分がどのように関わっているのかを理解することが重要です。それこそが「地球環境を認識する科学技術」なのです。

ユニバソロジ
「ユニバソロジ」とは、「宇宙(Universe)」に学術を意味する接尾辞「-logy」を付けた毛利さんの造語で、さまざまな視点からものを見ることを意味します。その出発点は、毛利さんが宇宙に行ったときの経験にあります。
無重力がサルの腎臓細胞に与える影響を調べるため、毛利さんはISSで毎日のように顕微鏡をのぞいていました。疲れてふと窓の外を見上げると、サハラ砂漠が見えました。そのとき、実験で観察していたサルの腎臓細胞とサハラ砂漠の模様が似ていると感じ、不思議な感覚に駆られたといいます。宇宙から地球を眺めるうちに、「地球以外にも生命は存在する!」と確信するに至ったそうです。
文化としての科学技術
毛利さんが初代館長を務めた未来館は、「科学技術を文化として捉え、社会における役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人にひらかれた場」を理念に開館しました。未来館の研究棟では科学者が実際に研究を行っており、その様子を一般市民が見られるようになっています。
「科学者と一般市民が積極的に交流することで、もっと科学を身近に。」
未来館は、そんな毛利さんの願いの結晶でした。
しかし、東日本大震災とそれに伴う原発事故により、科学は一時的に信頼を失いました。科学が信頼を回復するためには、科学コミュニケーター自身が信頼される存在であることが重要だと毛利さんは語ります。また、主要な情報源がテレビなどのマスメディアからSNSへと移行したのもこの頃であり、人々が自ら求める情報に容易にアクセスできる時代となりました。
こうした背景から、科学コミュニケーターの育成では「知識の伝達」よりも「市民の信頼の獲得」が重視されるようになっていったのです。

未来智への期待
20世紀、人類は宇宙から地球全体を眺められるようになりました。21世紀には、すべての生物がゲノムを基盤に構成されていることが明らかとなり、人間が特別な存在ではないことも分かりました。また、未来の気象予測が可能となり、過去・現在・未来の生命がすべて地球の気候変動とつながっていることが示されています。
急激な人口増加、日本での人口減少、感染症の流行、価値観による分断、人工知能など、人類が向き合うべき課題は多岐にわたります。その解決には、加害者であり被害者でもある市民が、社会の一員として自然と向き合う姿勢が求められます。そのためにも、科学コミュニケーションが市民文化として根づくことが不可欠です。

人類が世代を超えて生き残るためには「社会」が必要です。しかし社会の中では政治的・宗教的対立が起こります。それらを超えて人類を統合する考え方を「総合智」といいます。

一方、人間中心の考えだけでは、もはや地球は持ちこたえられません。地球環境、生物多様性、人工知能、核融合エネルギーなど、人類と地球生命5000万種を支えるすべてのつながりについて、「未来智」をキーワードに科学コミュニケーションを行う必要がある――毛利さんはそう強調して講演を締めくくりました。




終わりに
サイエンスコミュニケーションには「つながり」が重要だと感じます。
1つは「人間と自然のつながり」。一人ひとりが社会問題に向き合うためには、それを単なる知識としてではなく、自分と自然のつながりとして捉え、自分事として認識することが大切です。
もう1つは「研究者と一般市民のつながり」。社会問題をともに考えるうえで、信頼を基盤としたつながりが不可欠です。
今後は、こうした「つながり」を生み出すための方法を模索していきたいと思います。
