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モジュール2-1「ケア科学とコミュニケーション」(613日) 元村有希子先生講義レポート

2026.9.3

秋田紀子(2026年度選科C受講生)

科学ジャーナリストで同志社大学特別客員教授の元村有希子先生に、「ケアと科学とコミュニケーション」についてご講義いただきました。講義は先生の温かい語りかけで始まり、受講生との対話を織り交ぜて進められました。

「理科嫌い」が科学記者に

元村先生は高校卒業直前に文転し、大学では臨床心理学を専攻、卒業後は毎日新聞社に記者として入社、2001年に科学環境部に配属となります。ご自身の言葉を借りれば、いわゆる「理科嫌い」が科学記者になったのです。先生はその仕事を、「科学者・技術者に伴走しながら『まだわかっていないこと』を追いかける営みである」と表現されました。高校までの理科や数学が「すでにわかっていること」を学ぶのに対し、未知の事柄に向き合い、自分自身のワクワク感を率直に伝える、まったく別の仕事だったといいます。

当時の日本では「サイエンスコミュニケーション」という言葉はまだ一般に認知されておらず、概念が定着したのは2005年頃。先生の実践は時代を先取りしていました。2024年からは実務家教員として同志社大学でサイエンス・コミュニケーター養成副専攻を担当されています。最近では文系学部の受講者が増えており、「科学技術についても知っておかなければならない」という認識の広がりに希望を感じると語られました。

ハインツのジレンマが映し出す「ケアの倫理」

講義の核心は「ケアの倫理」です。導入として扱われたのは「ハインツのジレンマ」。妻の治療費を工面できないハインツは薬を盗んでもよいか、という問いです。正解を問うのではなく、答え方からその人の価値判断の特徴を見る問いです。

1970年代、当時11歳のある男児と女児にこの問いかけがなされ、男児が「盗むべきだ」と即断したのに対し、女児は「薬剤師を説得して支払いを後にしてもらえないか」「なんとかお金を集められないか」などと時間をかけて悩んだといいます。従来の発達理論では、明確な結論に達した男児の方が発達度が高いと評価されました。

しかし、米国の心理学者キャロル・ギリガン氏はこの解釈に異論を唱え、すぐに判断できることだけが、より正しい成長を示すわけではないと指摘しました。そして、他者の声に耳を傾け、関係性の中で行動を決める規範を「ケアの倫理」と名付けました。

受講生からは、「盗んだ薬で治療されても妻が悲しむから、自分は盗まない」という意見がある一方で、「殺人と比較した窃盗罪の軽さと、妻の死という重大な事態を天秤にかけた上で、自分は盗む」という意見もありました。他者を思いやる視点と、罪と結果を冷静に比べる視点。対立する「ケアの倫理」と「正義の倫理」が一人の人間の中に共存し、選択を迫られたときにその人の価値観が表面化するのを実感しました。

現場からの問い――ケアの倫理は実装されているか

次に、「ケアの倫理を科学技術にどのように組み込むか」という問いに移ると、受講生から現場に根ざした切実な声が聞かれました。

農業を研究する立場からは、気象条件は年ごとに異なり、土地の状況も実験室で再現しきれない以上、研究者は「これが絶対に正しい」と伝えることはできないため、不確かさや適用範囲も含めて説明する姿勢が大切だという意見が出されました。

また、看護の臨床現場からは、クリニカル・パス(疾患に応じて定められた標準化された手順)などに沿ってケアを行うものの、それに従うことだけが患者にとって必要なケアなのだろうか、という問いが示されました。

介護現場からは、センサー機器が患者さんの「トイレに行きたい」というサインを検知したとしても、実際は「その場を離れたい」「一人になりたい」など別の思いがあるかもしれず、その技術が利用者の幸せに寄与するのか、悩みながら使っているという声もありました。

このように、「ケアの倫理」はまだ十分に実装されていません。科学技術の「開発・使用・社会的受容」の各プロセスで「ケアの倫理」を意識すること、また、専門家以外が関わることが理想ですが、それを誰が担うのかという課題も残ります。

ケアを組み込む三つの視点、そして「共助」の科学へ

続いて、科学技術にケアを組み込む際の三つの視点について論じられました。

第一は「弱者が弱者でなくなるテクノロジー」です。紹介されたのは、人に寄り添うことに価値を置く「LOVOT」、寝たきりや難病の方が接客や会話を通じて社会参加できる分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」です。そして「iPhone」。全盲の三宮麻由子氏は、著書『わたしのeyePhone』で、「掌の中で一所懸命読み上げてくれる小さな存在のおかげで、社会的な尊厳まで授かった」と綴っています。科学技術は「心ある使い方」によって、それを必要とする人々のケアになり得るのです。

第二は「研究のデザインや進め方へのケアの導入」です。京都先端科学大学の川上浩司教授は、手間をかけた家庭菜園の野菜を味わうように、あえて「不便さ」の価値を認める「不便益」という考え方を提起しました。1970年を境に、多くの日本人の自然観は「自然を征服する」から「自然に従う」へと変化しました。科学技術の進歩が謳歌された大阪万博の年、公害問題も表面化したのです。脚本家の倉本聰氏は「日本は高度成長でジャパンというスーパーカーを作ったが、ブレーキとバックギアをつけ忘れた」と述べ、便利さの行き着く先に警鐘を鳴らしました。ただ便利さを追求するのではなく、自然を大切にしながら不便さを受容して生きる意義が示されました。

第三は「ケアを軽視する構造の是正」です。最近では、男性を標準とした既存の研究開発を見直し、「ジェンダード・イノベーション」に基づき、性差やジェンダーの視点を取り入れることが科学技術に求められています。また、形式的な機会平等にとどまらず、結果として不利益が残っていないかを公平に見直すことも大切です。

例えば、ノーベル賞から「外された」女性たちについて言及されました。新天体「パルサー」の発見に貢献したジョスリン・ベル・バーネル氏は、ノーベル賞を受賞できませんでしたが、後にブレイクスルー賞を受賞し、賞金300万ドルを女性やマイノリティなどの研究者支援に全額寄付しました。

環境活動家のワンガリ・マータイ氏は、多くの女性とともにケニアを中心にアフリカ各地で5000万本以上の木を植え、「平和とは限られた資源を皆で公平に分け合うことだ」と語りました。

地球科学者の猿橋勝子氏は、「正しいことは正しい」という信念のもと、米国に単身で渡り、自分のデータの正しさを科学的に立証し、後に女性研究者支援のため、私財で猿橋賞を創設しました。

ベル・バーネル氏、マータイ氏、猿橋氏のまっすぐな正義感を軸とする歩みには、同じ女性として勇気づけられます。数学者の広中平祐氏は、「女性は繊細で、素朴で、勇敢だから研究に向いている」という言葉を残しています。

最後に、福島原発事故について、電気(とりわけ原子力)の受益者と受苦者の非対称性に目をつぶってはならず、「批判されても言い続けなければならない」という先生の強い思いが語られました。科学技術を、「強い・競争的な・自助」という価値観だけで捉えるのではなく、「弱い・共生的な・共助」という、あえて逆の価値観も入れて考えてみようという提言で締めくくられました。この講義を通じて、科学技術を伝えることは、知識を正確に分かりやすく伝えるだけでなく、誰の声が聞かれ、誰の苦しみが見落とされているのかを問い続ける営みでもあると感じました。

(元村先生ありがとうございました)