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生物から見た世界

2010.6.29

著者:ユクスキュル/クリサート 著

出版社:20050600

刊行年月:2005年6月

定価:66円


 最初に、1934年初版の非常に古い本だということをお断りしておきます。「エーテル波」などという、今の教科書にはでてこないような古い概念の言葉に出くわして「あれ?」と思わされることがあります。挿絵もちょっと古臭い感じがしないでもありません。しかし、最近(2005年)になってもなお、新訳が出されていることが、この本が読み継がれるべき本であることを証明しています。実際、私はこの本を年上の知人から「古典だよ」と紹介してもらったのですが、その知人もまた、今からさかのぼること30年ほど前、まだ学生だった頃に「古典だよ」と先生から紹介されてこの本を読んだのでした。

 

 

 「生物から見た世界」のタイトルからどのような内容を想像しますか? ある種の動物には世界がモノクロに見えている、とか? 人間には見えない紫外線領域もわかる、とか? この本で扱うのは視覚だけではありません。もっと広く、時間の感覚も含めて、生物の知覚とそれに対応する行動の仕組みを探っています。「生物から見た世界」というよりも「生物が感じる世界」、つまり「その生物にとっての世界」は、じつに多種多様で、「人間にとっての世界」と比べることなどナンセンスに感じられるほどです。そして、生物が生きていくためにはそれが極めて自然であることをこの本は教えてくれます。

 

 

 例えばミツバチは、星型や十字型のような先の開いた形を示す図形に好んで止まり、反対に円や正方形のような閉じた形を避けることが実験からわかりました。ミツバチにとって意味があるのは開いた花であって、閉じたつぼみには用が無い、ということを考え合わせると、その実験結果の説明がつきます。このことから、ミツバチにとっての「開いた花」という形状情報はせいぜい、「閉じた形ではなくて先の開いた形」程度の把握しかしておらず、それが花か単なる図形か、ということは重要視していない、ということがわかります。ミツバチが花畑で開いた花を探し出すのに必要な形の情報は、その程度でよいのです。色と匂いがその情報を補うのですから。これは、人間の知覚に比べてミツバチの知覚が劣っている、ということではなく、知る必要がないから知覚しない、ただそれだけのことなのです。逆に、花の形をパターン化することによって、より効率よく開いた花を見つけることができている、と考えられるかもしれません。ミツバチになったつもりで花畑を見てみると、星型や十字型、それから円が散らばっているのが見えるのでしょう。

 

 

 他にも、カタツムリにとっての「一瞬」を調べる実験(「カタツムリがどうしてそんなにゆっくりなのか?」の謎に迫ります!)など、興味深い実験事例を多数交えて、また挿絵も織り交ぜながら、「その生物にとっての世界」の秘密が14章にわたって様々な切り口で解き明かされていきます。

 

 

 本書のテーマである「環世界(その生物にとっての世界)」という言葉が本文中随所に出てきますが、観念的で、なじみもないことから最初は戸惑うかもしれません。そもそも「まえがき」で「客体」とか「作用世界」とか「野原に住む動物たちのまわりにそれぞれ1つずつのシャボン玉を思い描いてみよう」などと言われてもさっぱり分かりません。でも、気にせず読み進めてください。たった166ページの文庫本ですが、読み終わる頃には著者のねらいどおり、あらゆる生き物がそれぞれの「環世界」に包まれて、でもそれが何の矛盾も無く同時に存在している世界が見えてきます。最後のしめくくりに、さっぱり意味が分からなかった「まえがき」をもう一度前にもどって読んでみましょう。「あー!そういうことだったのか!」次に動物園や水族館へ行くのが楽しみになります。

 

 

明石幸子(2009年度CoSTEP選科生、滋賀県)