著者:上野直人 著
出版社:20060700
刊行年月:2006年7月
定価:840円
日本人の死因の第一位はガンであり、3人に1人がガンで亡くなっています。にもかかわらずほとんどの人は,「ガンだとわかったときに医師や病院とどのように関わるか」など考えることもなく日々を過ごしています。
「最高の医療をうけるための患者学」は,“がんを告知されたとき”を事例に取りあげつつ,「最高の医療をうけるためのコツ」を9つのステップに分けて解説したものです。著者は,全米でナンバーワンのガン専門病院とされるテキサス大学MDアンダーソンがんセンターの准教授,上野直人氏です。 がんを告知されても「あわてずに自分の病気を知ろう。」これが第一ステップだと上野氏は言います。がんには誤診の可能性があるし,どれが最適な治療かを決めるには,がんがどの段階まで進行しているのか的確に知る必要があるからです。
第2ステップは「必要な情報を病院で集める」ことです。重要な話は家族と一緒に聞く,診察室では真剣にメモを取る,気が動転していることがあるのでテープレコーダーを活用するのもよい,待合室で他の患者さんたちと話して情報収集するのも有効だなどと,具体的なコツが次々に示されます。
医師の前でテープレコーダーをまわすなんて,と思う人が少なくないでしょう。そこで上野氏は言います。「「先生の説明をちゃんと理解したいので,テープをとらせて下さい」と言えば,スムーズにことが運ぶはずです。」このように,行き届いたアドバイスがあるのも嬉しい。第9ステップ「恐れずチャレンジしよう」まで,丁寧な解説がつづきます。
とはいえ,本書は単なる「ハウツー」ものではありません。「参加型医療」と「チーム医療」の大切さを訴え,それらを日本に根づかせていくための戦略を記した書でもあるのです。
がんの治療には,手術の専門家,抗がん剤治療の専門家,放射線治療の専門家,さらには看護師や薬剤師,緩和ケアの専門家などが一丸となって取り組む、チーム医療が行なわれます。ここで忘れてならないのは,患者自身もチーム医療の一員だということです。「あなたの体のことは,あなたがいちばんよくわかっているのですから,あなたこそ,チーム医療の大事なメンバーです。」上野氏は,「患者さんはチーム医療の中心にいる必要がある」とさえ言います。
チーム医療では,患者自身が医療チームの一員として,自分の病気をよく知り,どのような治療を望むのかを考え,医師や看護師たちと力をあわせて病気に対処していきます。したがって「チーム医療」は自ずと「参加型医療」でもあります。
そこで患者たちが,がんを告知されたときに限らず普段から,本書にある9つのステップを踏んで医療に参加するようにしよう。そうしてこそ医療の質が向上し満足度の高い医療をうけることができるようになる。最高の医療をうけることができるかどうか,その「鍵をにぎっているのは,じつは患者さん一人ひとりの行動なのだ。」これが本書の描く戦略です。
「著者の上野氏は,日本の医療の実情を理解していないのでは?」 本書を読み始めたとき,私はこう思いました。上野氏は患者と医師のコミュニケーションの重要性を説くが,しかしそれでは診療時間が長引く。診療時間は短いほうが儲かるという現在の日本の医療システムと相容れないのではないか。
最近話題になっている「医療崩壊」(小林秀樹著,朝日新聞社)を読んでいたことも,こうした疑念を膨らませました。同書によれば,インフォームドコンセントの普及が医師不足を助長し「医療崩壊」を進めている面があるといいます。そのほかにも同書が告発する,医療費の抑制と安全要求という相矛盾する圧力のために崩壊する医療現場の実態は,私の勤務する大学の,医師や看護師から毎日のように聞こえてくる悲鳴とほぼ一致する内容のものです。それに対し上野氏の主張は,あまりにも楽観的に思えました。医学生や患者,あるいは一般市民には受け入れられても,現場の医師や看護師にはかえって「やりたくてもできないから苦しんでいる」と反発を引き起こすのでは,という危惧さえ覚えました。 しかし読み進むにつれ,こうした疑念も晴れました。患者が主体的に勉強し,医師や看護師などに積極的に質問するなどコミュニケーションが活性化することで,結局はかえって説明時間が短くてすむようになるだろうし,コミュニケーションの不全によるトラブルを減らすことにもつながるだろうと。 こういった意味で,実際に医療に従事している医師や看護師たちにも,コミュニケーションのための医療者側のガイドブックとして,ぜひ本書の一読を薦めたいと思います。
黒野正裕 (2006年度CoSTEP選科生,名古屋市)