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植物のこころ

2011.9.5

著者:塚谷裕一 著

出版社:20010500

刊行年月:2001年5月

定価:735円


犬や猫は生きていると思いますか。だれもが、「そりゃあ当然生きているよ」と答えるでしょう。犬や猫は活き活きと動くし、感情さえ示します。

 

 

植物はどうでしょう。オジギソウなどを除いて、ほとんどの植物はじっとして動かないし、感情もありません。それでも、植物もちゃんと生きているのです。

 

 

では、生きているということ、生命とはいったい何でしょう。そして、知性や感情のない植物の、「こころ」や「いのち」のあり方とは? 本書は、「存在」「戦略」「適応」の3章を通じ、植物の生きる仕組みを解き明かしていくことで、こうした問いに答えようとしています。

 

 

植物の生き方は、私たち人間とはだいぶかけ離れています。例えば、「存在」の章で触れられる、クローンとしての増え方です。お花見で眺めるソメイヨシノや、ヒガンバナ、キンモクセイといった身近な花々は、クローンで増やされています。近年可能になった動物のクローンに対しては反感を持つ人もいますが、植物にとってクローン増殖はごく自然なこと。ヒガンバナなどは日本国内ではほとんどこの方法だけで増えているのだとか。この章ではさらに、環境に合わせて体の形を決めたり、体全体で光や音を感じたりといった、植物の基本スタイルについて語られます。

 

 

また「戦略」の章では、光や養分を求め、他の植物や虫と関わり利用していく、植物の多様な生存戦略がフォーカスされます。例えば、「着生」と「寄生」について。「着生」とは地面には生えずに岩や木の幹など何かについて生えることであって、栄養分を横取りする「寄生」とは別物。カトレアに代表される着生蘭は、足場とする木に寄生してはいないそうです。ただし蘭は、ラン菌と総称されるカビ・キノコと共に暮らし、菌の栄養分を横取りしているとのこと。ラン菌が周りの植物から栄養分を奪い、それをまた蘭が奪う……。美しい蘭の花の下で密かに繰り広げられる、熾烈な競争が紹介されています。

 

 

さらに「適応」の章では、極限状態で生きる植物の、特殊な環境に合わせた進化について語られます。その例が、ヒマラヤの高山帯だけにみられる「セーター植物」や「温室植物」。これらは寒冷な環境に合わせて、毛や半透明の「苞(ほう)」で体を覆う仕組みを発達させてきました。

 

 

著者の塚谷さんは植物学の研究者です。本書では、著者の専門である植物学の最近の研究成果や、時には文学作品中の植物にも触れながら、植物の様々な営みが語られてゆきます。その結果示されるのが、「動物とも人間とも違う、植物という生命もある」というメッセージです。

 

 

その一方で、様々な営みについて繰り返し語られるのが「試行錯誤しているうちに、結果オーライでたまたまでき上がってしまう」という進化の仕組みです。人間も植物も、偶然の積み重ねによる進化の結果、現在の生き方に至ったのであり、その意味では「人間も植物と同じだ」というのが本書のもう一つのメッセージです。

 

 

一見矛盾するこの二つのメッセージ、あなたはどう捉えますか。本書を読んで、多様で普遍的な「生命」のあり方と向き合ってみませんか。

 

 

高橋咲子(2011年度CoSTEP選科選科生 茨城県)