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ダチョウ

2011.9.6

著者:塚本康浩 著

出版社:朝日新聞出版

刊行年月:2009年3月

定価:1300円


この本は、幼い頃から動物への愛を抱き続けてきた著者が、ダチョウというほとんど人の役に立ったことのない鳥に目をつけた研究で画期的な成果を挙げて、実用化に至った過程を描いた物語です。

2009年春、新型インフルエンザの流行が世の中を騒がせ、パンデミック(世界的な大流行)の恐怖が取りざたされたことは記憶に新しいことでしょう。その年の冬、私は、獣医学者である著者のユニークな研究成果をもとにした画期的なインフルエンザ予防マスクが発売されたことを知りました。その名も「ダチョウマスク」。

現在、診断薬や生命科学の基礎研究に使われ、また、治療薬としての応用が期待されている抗体(特定の細菌・ウイルスなどを認識して結合するたんぱく質)の作製には、一般的にウサギやニワトリなどの動物が使われています。ところが、これらの小動物を使った方法では、抗体を得られる量が非常に少ないため、高価にならざるを得ず(ウサギやラットの抗体は1gあたり数億円)、広く普及しづらい状況でした。そんななか、著者は、1gあたりの製造価格が10万円に抑えられるという画期的な技術を開発しました。ダチョウにウイルスなどの抗原を注射することで、産んだ卵に抗体が含まれるようになり、卵1個から4g、マスクで言えば8万枚分という大量の抗体が得られたのです。

ダチョウに抗体を作らせることで、低コストで精度の高いがんの診断薬・治療薬の実現が期待されるだけでなく、劇的に安く量産できるというメリットを活かして、従来では考えられなかった応用への展開が期待されます。ダチョウマスクのほか、エアコンや空気清浄器に取り付ける抗体フィルター、ノロウイルス予防のためのトイレタンク用抗体錠剤、などなど……。

 

ですが、この本の魅力は、スマートな研究成果とは裏腹な、泥臭く苦しい闘いの日々が描かれているところにあります。大学研究室あるいは獣医師業界の興味深い内情が書かれているだけでなく、アホで無垢なダチョウの行動の観察、ダチョウに襲われて失神するダチョウ牧場の従業員、脱走したダチョウの大捕り物、ダチョウの卵の調理法など、ダチョウと過ごしたなかでのエピソードがつづられています。ダチョウは、アホで凶暴で不器用で、人間のかける愛など受け止めてくれませんが、そのためにかえって深まる著者のダチョウへの愛が共感を呼びます。

著者は、今後、ダチョウ抗体を使った新型インフルエンザ用のワクチンや、がんの診断薬・治療薬の実現に向けた研究に注力していくとのこと。実際に医療の現場で使われるためにはまだ解決すべき課題は多く、時間がかかると見込まれますが、この本の読者は、きっとダチョウを「救世主」に変える研究に取り組む著者を応援したくなることでしょう。

西村勇人(2011年度CoSTEP選科生 埼玉県)