Articles

クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎

2014.11.3

語り手:姉崎等  聞き書き:片山龍峯

出版社:ちくま文庫

刊行年月:2014年3月

定価:840円


札幌市内の円山動物園にはヒグマが飼育されている。厚いガラスの向こう側にいて、二本足で立ち上がろうものなら見上げるほどの巨体。実はそのクマの体長は1.6m程度なのだが、それでも「巨体」と呼ぶにふさわしい迫力が確かにある。

この本の語り手は、60年以上もクマと渡り合ってきた狩人、姉崎等さんだ。戦後すぐ、25歳頃から一人でクマを追い始めた。兼業猟師として千歳を中心に白老、定山渓までの広い地域を歩き回り、生涯で仕留めたクマは60頭以上になる。高度経済成長期には、クマ毛皮の高騰を経験した。その後クマ猟が禁止され、さらに駆除から防除(すぐ撃つのではなく、山へ追い払う)へと、クマとの付き合い方は時代と共に変化していった。そんな長年の経験が、姉崎さんと聞き手である片山龍峯さんとの会話の形で描かれ、読み手は食堂の隣の席から聞こえているような臨場感に引き込まれる。

「クマは私のお師匠さんです。」と姉崎さんは言う。一人で山に入り、山の歩き方をクマから学んだのだ。クマと知恵比べをし、時には至近距離で睨み合う中で、数多くの山の知恵を得た。クマと出くわした時とるべき行動、寝る場所の選び方、果ては天然キノコの育て方まで。姉崎さんの日常に生きる知恵の数々は、この本の大きな魅力だ。

姉崎さんがクマについて語るときはいつも、クマ独自の知恵と思慮深さへの尊敬が見て取れる。この尊敬にもとづいたクマと人間をめぐる哲学は、私たちに多くの問いかけをしてくれる。たとえば、このような話がある。インタビューをはじめた2000年当時も、77歳の姉崎さんは現役のハンターとして、クマ防除隊に所属していた。クマの出没状況を見回り、被害が出るような危険があれば駆除する役割だ。しかし防除隊が手を焼いたのは人を襲うクマではなく、人目を避けながらも里に住み着いたクマだった。山では食糧が減っているため、山へ追い払ってもまた人里に戻ってきてしまう。姉崎さんも、これはすぐに解決できる問題ではないと考えているようだ。クマは人間を観察し、人間に遠慮しながら、里の近くでの生活を実践している。人間の方はどうだろうか。「規制をよしんば作っても、クマの方は守るかもしれないけど、人間の方は守らないでしょう。」という言葉に、姉崎さんのクマ観、人間観が表れている。

生涯かけてクマを知り尽くした狩人は、2013年に亡くなった。一冊に詰まった狩人の知恵とともに、「クマと人間がうまく共存するために、人間はどうするか」という問い掛けを、そっと残して。

神田あかり(2014年度CoSTEP本科)


明日11月4日も書評を掲載します。御期待下さい。