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響きの科楽 ベートーベンからビートルズまで

2014.11.5

著者:ジョン・パウエル(小野木明恵 訳)

出版社:早川書房

刊行年月:2011年6月

定価:2300円


音楽というのは不思議な存在だ。和音やメロディ、あるいはそれらによって構成される曲を耳にすると、楽しい気分になることもあれば、逆に悲しげな雰囲気を感じることもある。この違いはなぜ生まれるのだろう。なぜ私たちは、音楽に心を動かされるのだろう。

こうした疑問、実は、科学や心理学をもとにして理論的に説明できるという。本書は原題「How music works – The science and psychology of beautiful sounds」が表すとおり、音楽が楽器で奏でられてから私たちの心に作用するまでに一体何が起こっているのかを、科学と心理学で明らかにしてくれる。

前半は「音」に関する解説である。音楽を構成する最小単位としての音は、高さ・音色・大きさ・長さという4つの要素から成っている。著者いわく「それぞれに丸ごと1章かそれ以上を割かなければならない」ほど、これらは奥深い。私たちがピアノとギターの音の違いを聴き分けられるのはなぜか。バイオリンを100台集めて一斉に演奏しても、1台だけで演奏した時の音量の4倍ほどにしか聞こえないのはなぜか。音の「波」としての性質や人間の耳・脳の仕組みに着目することで、そういった謎が解き明かされる。

後半は、そうした音が紡ぐ「曲」へと話題が進む。心地よい和音、怪しい響きのする和音。両者の違いも、実は音の波形をみると明白だ。そしてそれらが奏でるメロディ、リズム、ハ長調・イ短調といった曲調….様々な要素が、曲を形作っていく。曲がそれぞれに醸し出す雰囲気には、これら要素の組み合わさり方、そして聴き手である私たちの心理が大きく関係していることが明らかになる。

科学で音楽を解き明かすと聞くと、難解でとっつきにくそうな印象を受けるかもしれない。しかし、心配無用。著者は、数式やグラフ、難解な言葉は一切用いずに、語りかけるような文体で丁寧に説明してくれている。例として取り上げられる曲も、伝統的なクラシックから現代のロック・ポップスまで幅広く、親しみやすい。そして忘れてはならないのが、その語りから滲みでるユーモアの精神だ。音の4要素はそれぞれ丸ごと1章以上を割かなければ説明しつくせないと言いながらも、実は長さに関してだけは、「音によって長い短いがある。これだけだ。」のたった2文で説明を終わらせてしまうのである。

本書を通して原理的な部分で音楽を知れば、「そんな仕組みになっていたのか!」という感動とともに、音楽をますます楽しむことができるようになるだろう。「音学」的なニュアンスを感じさせる原題に、訳者は「響きの科楽」という邦題をあてた。この「科楽」という部分には、科学+音楽の意味に加え、より一層の楽しみをもって科学や音楽に触れてほしいという思いが込められているのかもしれない。音楽を科学でひも解く本書の声に耳を傾けてみよう。きっと「科楽」の響きが聴こえてくるにちがいない。

田中泰生(2014年度CoSTEP本科)


明日11月7日も書評を掲載します。残すところあと2回。御期待下さい。