著者:福岡伸一
出版社:朝日新聞出版社
刊行年月:2014年8月
定価:560円
「食うか食われるかの競争社会。これが生き物のさだめと思うとむなしくなります。」
本書は、こんな悩みや問いかけから始まる、幾つもの短い読み物で構成されている。
受験、就職、出世、残業、過労…そんなキーワードが飛び交う現代の社会で、人々は多かれ少なかれ、心をすり減らして生きている。人と人、会社と会社、いろんな人格がせめぎあい、消耗し、脱落してゆく者も少なくない。これが競争社会である。
冒頭のメッセージの主は、強いものが支配し、弱いものが屈服する、そんな社会の構図にむなしさを感じたのだろう。さて、このメッセージに、生物学者である著者はどのように答えたのだろうか。
ミドリゾウリムシという微生物がいる。これは、実はゾウリムシが緑藻(単細胞)のクロレラを飲みこんだことにより、共生関係が成立した生物である。ゾウリムシに食べられても溶かされない方法を見つけたクロレラが、ゾウリムシの体内で光合成をして合成した糖や酸素をゾウリムシに供給するようになった。一方、ゾウリムシは、自力では動けないクロレラを自らの体に乗せて、日当たりの良い場所に移動してクロレラの光合成を手助けする。これが共生である。
著者は、最後の一行まで、ミドリゾウリムシを構成するゾウリムシとクロレラの共生関係に関して丁寧に説明を行っている。しかし、ところどころに、さりげなく、悩める心に差し延べる救いの手が散りばめられているのだ。例えばこんな一文である。「自然界はとかく食う・食われるの競合関係で成り立っているように見えますが、それを止揚することもありえるのです。美しいではありませんか。」
本書に登場するさまざまな疑問や悩みに対し、はっきりとした答えを示すことは、著者はあえてしない。しかし、遺伝子は子孫を残すための単なるプログラムではない、生命というものは本来自由である、という著者の思いを乗せた言葉が、答えのありかを示す道しるべとなっている。そんな優しさに癒される、心のサプリメントともいえる一冊である。さらに、生物に関する豆知識が得られるのだから、一石二鳥とはこのことだ。
佐々木学(2014年度CoSTEP本科)
明日11月6日も書評を掲載します。御期待下さい。