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弱いロボット

2017.8.12

著者:岡田美智男

出版社:医学書院

刊行年月:2012年8月

定価:2160円


ロボットとコミュニケーションするのは、人類の夢の一つのような気がする。科学技術はAIを進化させ、コンピューターが人間と会話できるようになってきた。今やスマホにSiriが搭載されて、誰でもコンピューターと喋れる始末だ。それらのプログラムは精密で、たどたどしく「アリガトウゴザイマシタ!」としゃべっていた、あの道端の自動販売機よりはだいぶ人間らしくなった。

しかし、もしコンピューターやロボットから「助けてー!」と言われたら、助けたくなるだろうか。思わず返事をしたくなるだろうか。人間の気持ちを動かすのは何なのだろうか。この本は、そんなコミュニケーションをとりたくなるロボットを作る人物の制作秘話、そして発見の物語である。

著者は人間らしいコミュニケーションの一つとして、まず「雑談」に注目した。電車に乗って人の話をじっと聞いていると、「えー」とか「あー」とか言い淀んだり、言い直したりしていることに気づく。言葉とは、そもそも言い直すことを前提につくられているのではないか。そう発見した筆者は、非流暢な、ロボットらしからぬ喋り方をするロボットを作り出していく。それらの中でも可愛らしいのが、一頭身のロボットクリーチャー「む~」だ。名前の通りに「ム~」という喃語や易しい言葉を話す。その姿に思わず周りの人はコミュニケーションをとろうとし、赤ちゃんと接したときのような拙い会話を展開する。他にも、本書には、著者が作ってきた奇妙なロボットがたくさん載っていて、それらを見るだけでも楽しめる。

しかし、本書の面白さはロボットより、著者の観察眼にあるように思う。人間らしいコミュニケーションを模そうとすれば、その本質を明らかにせざるを得ない。たとえば、「おはよう」と友達に声をかけてみて、相手から返事がないと、私の「おはよう」は宙に浮いてしまう。「おはよう」や「おつかれ」と返ってくることで、私の言葉に初めて意味がつく。けれど、返事をしてくれるかどうかはわからないから、私たちはいつも少し緊張する。それでも声を投げかける、そんな投機的なふるまいが私たち人間のコミュニケーションなのだと、著者は主張する。

自分が発した言葉や行動の意味づけを相手に委ねるのは、コミュニケーションする上で至極当たり前のことだが、それを本書ではあえて「弱さ」と呼んでいる。最後の方で紹介される「ゴミ箱ロボット」は、その「弱さ」が全面に出ているロボットだ。自分ではゴミを拾えなくて、ゴミを拾っていれてくる人をいつも求めてウロウロしている。それを目にとめる人がいて、ゴミを入れてくれれば、そこにコミュニケーションが生まれる。こんな風に、一人では何もできないような、思わず手助けしたくなる「弱いロボット」は、自分の立場やアイデンティティを他者との関わりに探し求めている人間たちの心を開くことに成功したのである。

最近、ヒト型ロボットの開発はますます進んでいる。けれども、姿かたちが人間に似ていても、むしろ似ているほど、ヒトらしさが感じられない、心を揺さぶられないロボットは多い。著者が作るロボットは、姿かたちは人間とは全く異なる不思議生命体のようなロボットだけれども、人間と同じようなコミュニケーションを築くことができるのが面白い。

ところで、私たち人間だって形は人間でも中身が人間らしからぬ時がないだろうか。挨拶をされたけれど返事をしなかったり、言い淀まずにしゃべろうとしたり、自己完結しようとしたりと、人を必要とする「弱さ」を見せない時が。ヒトらしさを追求した著者のロボットを見ていると、そんなことも考えてしまう。

鈴木夢乃(CoSTEP13期本科ライティング)