2020年07月30日

成果物

復興ストレス 失われゆく被災の言葉

 

著者:伊藤浩志

出版社:彩流社

刊行年月日:2017年3月11日

定価:2,300円(税別)


 

脳科学を踏まえたアプローチ

 

ときに不安は、足を一歩踏み出すことを思いとどまらせる「厄介者」として排除されてしまうことがある。ある科学技術が社会に新たに導入されるという事例を考えてみよう。例えば「遺伝子組み換え食品」の事例を考えてみてほしい。「遺伝子組み換え食品」が広まりつつあったとき、この言葉を聞くと、健康上の不安を覚える人が少なからずいただろう。そして、不安を覚える人たちに対して、政府や専門家から、ときに次のような言葉が向けられてきた。「健康に不安があるのは科学的知識がないからだ。科学的に根拠が示されているのだから不安を感じる必要はない」と。専門家や政府がトップダウンでさまざまな判断を行い、物事を決定していく過程で、科学的なデータにおいて人々の不安は捨象されてしまい、ひいては、当事者たちが自身の抱えている不安を表明しにくくなってしまう。本書の考察の中心となる福島第一原発事故後の健康リスク評価にも共通性が見られる。

 

筆者は哲学を大学学部時代に学んだあと、新聞記者として働いていた。その後、大学院で脳神経科学の博士号を取得し、サイエンスフリーライターとして活躍してきた。ここから分かるように、筆者は文理双方の経験を併せ持つ。そして、本書は文理双方の観点から、すなわち、一方で科学はリスクを推定し、他方で社会はそのリスクを受け入れるための合意を形成するものだという観点から、論が進められる。前者には理系的思考、後者には文系の教養が必要となると筆者は考えており、上述のような経歴をもつ筆者だからこそ書くことのできる一冊となっている。

 

専門家が行うリスクの推定には、被災者の不安が含まれることはない。このように専門家たちが考える背景には、哲学者デカルトが提唱した機械論的自然観があると筆者は言う。機械論的自然観においては、定量化できない心は捨象され、定量化できる物質を中心に物事が判断されてしまうのだ。現在、基本的な健康リスクは年間被ばく線量を用いて表されている。専門家はこの数値を基準に避難指示の解除や体に及ぼす影響を評価し、科学的根拠をもとに国や東電と共に復興を進め、被災者の不安を払拭しようとする。それでも、被災者の不安が消えることはない。

 

筆者は、その「不安」を、社会的格差という要因を踏まえた視点とともに、自身が博士号を持つ脳神経科学の視点でも捉えていく。たとえば、不安を抱かせる扁桃体。人は命が危険なとき、扁桃体が無意識に起こす生理反応のお陰でその危険を回避できている面がある。というのも、扁桃体は不安を抱かせ、人を危険から回避するように促す、いわば「警報装置」の働きをもつからだ。また、前部帯状回がもつ機能にも着目する。不快を感じたときに活性化するのが前部帯状回だ。強い不快感があると、そのことは記憶に残り、もう不快な思いをしないようにするため、危険を避けることができる。もう少し詳しく紹介したいが、脳科学の視点からの説明はこれくらいに留めておこう。とにかく本書からは、生命の危険を察知する被災者の不安は、リスクから捨象されてはならないということが分かる。

 

また、専門家は理性的で中立的な立場を取ろうとするが、実は、直観で物事を見ていて、何らかの根拠は後づけのものに過ぎないことがあると説明される。筆者は物事を直観でみることについても脳科学の視点から捉えている。この論には「情動」が関係していて、専門家も無意識に自分の価値観を含んだ結論を出しているに過ぎないことが示される。もし専門家が行ったリスクの推定に、専門家自身の直観的な価値観が含まれているのであれば、社会がそのリスクをどのくらい受け入れられるか、何を基準に決められるのだろう。

 

筆者の答えはこうだ。「どのような価値観がこれからの社会に求められているのかを社会全体で議論する必要がある」と。本書を読む前、私は科学技術を扱う専門的な問題は、専門家に任せておいた方がいいと思っていた。しかし、本書は、社会と脳科学を融合させたアプローチにより、専門的な問題に対して社会全体で議論することが必要である理由をはっきり示してくれたのだ。専門家と被災者の間にある、不安という目に見えないものを埋める道へ、本書は新たな扉を開くことを可能にする。

 

参考文献:

1) 伊藤 浩志、島薗 進『「不安」は悪いことじゃない』(イースト・プレス 2018)


 

関連図書

  • 『アーモンド』ソン・ウォンピョン著、矢島 暁子訳(祥伝社  2019)

主人公のユンジェは喜怒哀楽を感じない子どもだった。検査の結果、扁桃体(アーモンド)が人より小さいと判断され、自分は人に同情したり共感することができないと思ってきた。だから、おばあちゃんとお母さんがナイフで刺されているのを見ても無表情でその様子を傍観していた。しかし、ある一人の不良少年ゴニと出会い、ユンジェは初めて人の心を理解しようとする。小さなアーモンドにより共感できないと思ってきた1人の少年の成長する姿を描く。この本を読むと「共感」に関する探求が始まるに違いない。


 

石塚 智美(CoSTEP16期本科 ライティング・編集実習)