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「科学技術コミュニケーションとは何か?」(5/16)川本 思心 先生講義レポート

2020.6.1

小林 知恵(2020年度 選科/学生)

緊急事態宣言下の5月16日、オンライン会議システム上で全国の受講生が一堂に(一画面に?)会し、CoSTEP 2020の幕が上がりました。記念すべき初回授業は、CoSTEP部門長の川本 思心 先生による「科学技術コミュニケーションとは何か?」。科学技術コミュニケーションの基本の「き」ということで、科学技術コミュニケーションの歴史的な経緯や日本の現状について講義していただきました。

科学コミュニケーションの定義

そもそも「科学技術コミュニケーション」とは何でしょうか。「専門家と市⺠とが同じ目線で語り合う」という姿勢に根ざした定義もあれば、科学への関心の誘起、集合的意思決定機能の向上といった目的を軸とする定義もあり、この言葉が関わる活動の幅広さと可能な切り口の多様さがうかがえます。また、科学技術コミュニケーションの担い手である「科学技術コミュニケーター」に目を転じると、その役割として「専門家と一般市民をつなげる」というキーワードが見えてきます。CoSTEPでは、科学技術コミュニケーターを「双方向的なコミュニケーションを確立する人材」として位置づけ、その担い手には研究者や教育者のみならず一般市民も含まれるという考えからプログラムが作られているとのことでした。

講義の中盤以降では、歴史的経緯と日本の現状という二つの切り口から、科学コミュニケーションがさらに繙かれていきます。

(1) 歴史的経緯とキータームから捉える

科学コミュニケーション史の転換点となった事例は、1985年にイギリスで初報告されたBSE(牛海綿状脳症)の感染リスクをめぐる問題です。当時の科学者はその時点で解明されている科学的知見に基づいてヒトへのBSEの感染可能性を低く評価したものの、117名が死亡するという痛ましい結果に至りました。この問題は、公衆の科学や科学技術政策に対する「信頼の危機」とも呼べる事態を招きます。川本先生はこの事例を、A. ワインベルグが提唱した「トランスサイエンス」(専門家の科学的知識だけでは解決できない領域)とJ. ラベッツの「ポストノーマルサイエンス」(科学的意思決定の不確実性と利害関係の複雑化)と呼ばれる概念と結びつけます。科学の不確実性と、リスクや経済性に関わる意思決定の要請。このような複合的な要素が現代社会のトランスサイエンスの問題圏を形成し、新たな科学コミュニケーションへのニーズを呼び込みました。それと連動するように、科学コミュニケーションに対する考え方の潮流に変化が生じました。科学的知識を持たない市民に専門家が知見提供を行うとする欠如モデルが批判され、市民を交えた対話や意思決定を志向し、実質的な双方向性を取り込むアプローチが有望視されるようになったのです。

(2) 日本の科学技術コミュニケーションの現在地

日本では草の根でのサイエンスカフェの普及活動と並行して、科学技術基本計画(2006)のような政策規模で科学技術コミュニケーターの養成が後押しされてきた歴史があります。専門家と社会の間のコミュニケーションを促進する人材育成を核として始まった日本の科学コミュニケーションは今どのような状況にあるのでしょうか。2013年に実施された調査では、セミナーに代表される「伝える」タイプの科学コミュニケーション活動の経験を持つ研究者は多いものの、行政的施策の形成や市民との対話に携わった経験のある研究者は少ない傾向が明らかとなっています。そのほかに専門家の市民理解の点でも課題が残っています。

日本が経験したクライシスに目を向けると、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故を契機とする科学コミュニケーション批判を受けて、平時/有事を軸にした科学コミュニケーションの捉え直しが行われてきました。そして2020年春、新型コロナウイルス感染症の大流行下で、科学コミュニケーションに対する関心や期待が再び高まっています。このような日本の科学コミュニケーションの現状と課題を踏まえて「なぜあなたは科学コミュニケーションをするのか?」と川本先生は問いかけ、講義を締め括りました。

筆者の印象に残ったのは、日本の科学技術政策との関連で触れられた「研究者・科学者ではない人が、コミュニケーターとして、科学技術コミュニケーションに参加してこそ、真の科学技術コミュニケーションが可能になる」というCoSTEPの信念です。このことを頭の片隅に置きつつ、自然科学を専門としない私が科学技術コミュニケーションに参画する意義を探す一年にしたいと思います。

川本先生、ありがとうございました!