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「科学を視覚化するサイエンスイラストレーション」(1/23)菊谷詩子先生講義レポート

2021.3.15

山内 光貴(2020年度本科/学生)

「科学を視覚化する~サイエンスイラストレーション」という題で、サイエンス・イラストレーターの菊谷詩子(きくたに・うたこ)先生に講義をしていただきました。サイエンス・イラストレーターとは、科学的事柄を視覚的にわかりやすく伝えるために、教科書や科学絵本、図鑑、博物館の展示などのイラスト(サイエンスイラストレーション)を制作している方々のことです。特に教科書のサイエンスイラストレーションには誰もがお世話になったのではないでしょうか。

CoSTEP16期生もプログラム修了が目前となりました。社会の中で科学技術コミュニケーションを実践している方のお話を伺うことで、受講生それぞれが修了後の活動を具体的に思い描いていく段階に差し掛かっています。

(菊谷先生のご自宅から、愛犬を膝にのせながら講義を配信していただきました。実は講義中、カンッと音がして「すみません。サルがうるさくて(笑)」と先生のご自宅に野生の猿がやってくる一幕も。)

サイエンスイラストレーションと菊谷先生

菊谷先生がサイエンスイラストレーションに取り組んだきっかけは何だったのでしょうか。そこには、動物が関係していました。幼少期のほとんどをケニア、タンザニアで過ごし、野生動物に興味を抱くようになったそうです。その頃から生き物にかかわる仕事がしたいと強く思っていたと菊谷先生は言います。大学で生物学を専攻した後に、サイエンスイラストレーションの道に進みます。サイエンスイラストレーションといっても天文や物理、医学など対象とする科学分野は多岐にわたります。菊谷先生は専攻した生物学を活かして、動物を中心に生物系全般のイラストを描いてきました。

サイエンスイラストレーションが満たすべき条件

具体的にどのようなイラストを描けばよいのでしょうか。菊谷先生が考えるサイエンスイラストレーションの満たすべき条件は、以下の4つです。

1.正確に伝える(間違っていないこと)

サイエンスイラストレーションは、科学的に間違っていないことが重要になります。しかし、イラストには間違いがしばしば見られ、その最たる例としてDNAが挙げられました。DNAの構造は右巻きで、1巻の塩基数が10、主構・副溝があります。これらのポイントに注目してみると、「DNA」と検索してヒットするイラストには誤りが散見されます。ぜひ検索して、間違っているイラストを見つけてみてください。

(講義後に筆者が描いたDNAのイラスト。最低限のポイントをおさえるだけでも一苦労でした。正確に描くことの難しさを実感しました。)

また、サイエンスイラストレーションは、研究の進展とともに変化する点も重要だと菊谷先生は指摘します。科学的正確さは研究の発展とともに変化するときがあるからです。例えばティラノサウルスの体表。以前は全身がウロコで覆われている姿が一般的でしたが、その後、羽毛の生えたティラノサウルスが多く描かれるようになりました。しかし、論文でティラノサウルスの体表の大部分がウロコで覆われていることが発表されると、再びウロコ姿のティラノサウルスが主流になりました。

2.伝える対象にわかりやすく伝える

わかりやすさと正確さはしばしばトレードオフの関係にあります。この関係の最適な位置は、誰に何を伝えたいかによって変化すると菊谷先生は言います。講義では、あるポイントを明確に伝えるためのイラストにおける単純化の重要性に触れた上で、単純化した結果起こっている事例に関してもお話がありました。取り上げられたのは、細胞の模式図です。中学生が読む教科書だけでなく大学生が読むような専門書まで、現在までに明らかになっている細胞の実際の姿と比べて、非常に単純化されたイラストが広くみられるというのです。

3.誤解がないように伝える

サイエンスイラストレーションの難しさとして菊谷先生は次のような点を挙げます。一文で表せるような描写であってもイラストにすると膨大な資料にあたらないと描けない点。加えて、イラストにする際、わからないことが必ず生じる点です。

では、以上の点を踏まえつつ、伝えたいことを誤解なく伝えるためにはどのようなイラストを描けばいいのでしょうか。わからない部分は「描かない」、あるいはうまく「誤魔化す」ことが大事だと菊谷先生は言います。イラストレーターがどうしてもわからない部分は、はっきり描かずに読み取らせないようにする努力が必要だということです。しかし、あえて書かなければならないときもあるそうです。一例として、2019年1月号「ミルシル」の表紙が紹介されました。恐竜から鳥への進化を表した菊谷先生作のイラストで、情報量に大きな差がある数種の古生物が1枚の絵に描かれています。サイエンス・イラストレーターの腕の見せ所が問われるようなイラストです。羽毛の色や形態などが明らかな古生物とそうでない古生物を同列に並べると、誤解を招く可能性があります。特に、情報量の少ない古生物のイラストをいかに描くのかは課題になります。菊谷先生は、既知の形態的特徴から類似する現存の鳥類を取り上げ、それを題材にして色や形態を模倣するという工夫をしたそうです。

4.絵として魅力的であること。

一般向けの媒体には、美しさやかわいさ、親しみやすさなど人目を惹きつける工夫が重要です。こちらも菊谷先生ご自身のイラストをもとに解説していただきました。科学雑誌「Newton」(2018年7月号)の犬特集において、犬の解剖学的特徴を説明するために描かれたイラストです。単に骨格のみを描くのではなく、普段見慣れている犬の姿に重ねることで興味を惹く工夫がなされています。

サイエンスイラストレーションを評価

サイエンスイラストレーションを依頼する側にとっても評価できることは重要になりますが、菊谷先生は「サイエンスイラストレーションを評価できる人はとても少ない」と指摘します。では、その目を養うためにはどうすれば良いのでしょうか?いま最も有効な方法として、講義では、世界で溢れかえっている「新型コロナウイルスのインフォメーショングラフィック」を評価することが挙げられました。

インフォメーショングラフィックにはイラストはもちろんのことアニメーションやグラフ、ダイアグラムも含まれます。新型コロナウイルスという一つのテーマに対して、「なぜそのグラフィックなのか」、「誰に何を伝えようとしているのか」、「どこが良くて、どこが悪いのか」という観点で評価することは非常に勉強になるとのことです。

例えば、新型コロナウイルスのイラストはカラフルな着色が施されたものがほとんどですが、実際には色がついて見えることはありません。サイエンス・イラストレーターがどのような意図で色付けしたのかという点について考え、評価することができます。

おわりに

サイエンスイラストレーションとは何か、その満たすべき条件とは、そして評価すること、と多くの具体的な事例を用いながら、大変丁寧に講義をしていただきました。そのほかにも実際の製作プロセスやサイエンス・イラストレーターのキャリアパスなども解説いただき、充実の講義内容でした。

サイエンスイラストレーションは、多くの人の理解を助け、その人の科学的な事柄のイメージを作り上げるものだと思います。しかし、一歩間違えれば、多くの人に誤解を与えかねません。それゆえに情報収集のための努力を惜しまない菊谷先生の姿勢が強く印象に残りました。加えて、サイエンスイラストレーションの良し悪しを評価する重要性も感じました。今回いただいたヒントを活かして、まずは新型コロナウイルスのイラストからサイエンスイラストレーションを評価してみます。

菊谷先生、ありがとうございました。