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「研究機関の広報担当社会と研究者の間で」(1/8)倉田智子先生 講義レポート

2022.3.15

江澤 海 (2021年度本科生/社会人)

 

科学館や博物館、メディア、教育機関、企業など、科学技術コミュニケーターの活躍の場は多岐にわたります。モジュール6の2回目では、科学の成果が生まれる現場である研究機関で長年広報に携わっている倉田智子先生(基礎生物学研究所 広報室 特任助教)に「研究機関の広報担当〜社会と研究者の間で」と題し、ご講義いただきました。

(倉田智子(くらた・ともこ)先生。基礎生物学研究所(総合研究大学院大学)にて博士(理学)を取得。博士研究員を経て2006年6月より現職。「科学だけでなく、文学や歴史など研究に関することが好きで、研究者との交流も大好き!」とご自身についてお話しされました)
研究機関の広報担当は発展途上

研究機関の広報担当者は、いわば研究者と社会の間の“触媒”。研究活動や研究者を理解しつつ、社会のニーズを探ることで、実りある共創の形を目指しています。

しかし研究機関によってそのポストや役割もさまざまです。倉田先生も研究成果をどのように社会に届けるか、またその研究活動をどのように社会に還元するか、何が正解かはまだ明確になっていないといいます。このような中、試行錯誤しながら行っている広報活動についてご紹介くださいました。

広報担当者としての倉田先生の心構え4箇条
その1:とにかく前向きに社会からの相談内容に向き合うこと

広報担当者は社会との窓口です。窓口で拒んでしまうと、社会との繋がりは途絶えてしまうので、とにかく前向きに話を聞くことから始めます。

(各研究者の特性を頭の中に入れておき、適当な研究者を紹介するのも重要な仕事のひとつ。「芸能事務所のプロデューサーのイメージです」とにこやかに語る倉田先生)
その2:自分の手を動かす広報

費用が発生するとなかなか行動しにくいもの。しかし、自分で手を動かすことでさまざまな施行ができます。「自分でできそうならやってみよう!」という心がけで倉田先生は動いています。


(「研究所の奥行きを見せたい」という所長のリクエストから、倉田先生自らドローンで撮影。動画編集も先生が行いました)

その3:さまざまな立場の気持ちになって考える・調整する

広報担当者は社会との窓口として、さまざまなステークホルダーと接します。例えば、研究者、記者、所長、役所の人など…… それぞれの気持ちや事情に立ってみて、「では広報担当者として何をするべきか」を考えるといいます。例えば、研究成果について記者会見を実施する場合、記者の立場に立ち、よりわかりやすく、楽しくなるような実物を用意することもあるそうです。

その4:研究者と協働する広報

研究者の時間を奪わず、かつ効果的な広報を目指しているという倉田先生。例えば、見栄えのある写真は広報上で非常に効果的です。しかし、その撮影には時間や労力はもちろん、技術や広報的な視点が必要です。広報担当者がこの部分を担うことで、研究者は時間を節約できるだけでなく、研究紹介や研究費獲得のプレゼン用に良質な素材を同時に得ることができるのだそうです。

(生きたメダカを止まったように撮るのは高度な技術が必要。広報担当者の腕の見せ所です)
こだわりのプレスリリースで、研究成果を社会に届ける

倉田先生が特に力をいれて取り組んでいるものが“プレスリリース”。マスメディア向けに研究成果やニュースをお知らせする文書のことです。

2006年の着任当初、基礎生物学研究所にはプレスリリースの制度がありませんでした。その結果、マスメディアに取り上げられる研究者と、そうではない研究者でマスメディアとの距離に不公平さや不満が生じていたといいます。そしてなによりも「せっかくの研究成果を、専門家しか知ることができていないのはもったいない」「研究者の大切な研究成果を広く社会に届けたい」という想いを持った倉田先生は、プレスリリース制度を整えました。

オンライン中継イベントで研究所と人々をつなぐ

基礎生物学研究所らしい科学技術コミュニケーション活動を模索する倉田先生。リアルな研究者の姿を多くの人々に見てもらうために考えたのが、ニコニコ生放送での長時間オンライン中継イベントでした。

(あるイベントの内容。視聴者もコメントや投票で参加できるニコニコ生放送ならではの双方向性を活かし、盛況のうちに終了)

年1~2回開催でシリーズ化されるほどの大人気企画となり、今では番組で得た収益を出演した研究者に研究費として還元しています。

コロナ禍における研究機関の広報担当者

2020年2月27日、安倍晋三首相(当時)から全国の小・中学校、高校に対し春休みまで臨時休校を要請する考えが表明されました。授業が無くなる子ども達のためになにかできることはないかと、翌朝、倉田先生は科学技術広報研究会(JACST)のメーリングリストに呼びかけました。

その呼びかけに数多くの機関が反応し、「科学技術広報研究会 臨時休校対応特別企画」が立ち上がります。迅速な対応と、見応えのあるコンテンツ、各機関の広報担当者がマスメディアに一斉に情報を提供したこともあり、多くの反響があったといいます。「研究機関の広報担当者の存在感も、ちょっとだけ示せたかな?」という倉田先生の一言も印象的でした。

(休校中の子ども達が楽しめるように機関の枠を超えて既存のコンテンツを紹介したり、オンライン授業を開催)
これからの科学技術コミュニケーション

さまざまな科学技術コミュニケーションを実践してきた倉田先生ですが、「この分野には確立した方法論はない」といいます。自分がなにを伝えたいのか、なにが得意かを考え、どんどん挑戦しアプローチすることの大切さを私たちに強く伝え、講義は終わりました。

講義を通じて

私も研究機関の広報担当として活動しているため、倉田先生の広報に対する心構えや、実践を踏まえた活動内容を非常に興味深く拝聴しました。科学の成果が生まれる場だからこそ、研究機関の広報担当者には、科学技術コミュニケーターの中でも、柔軟性・迅速性が求められる機会が数多くあります。社会と研究者の実りある共創の形をつくる一助となれるよう、社会との窓口として前向きに行動しようと改めて思いました。

倉田先生ありがとうございました。