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ウェブ時代のメディアリテラシー」622荻上チキさんの講義レポート

2011.7.1

6/22の講義では、評論家の荻上チキさんを講師にお招きし、「ウェブ時代のメディアリテラシー」と題してお話いただきました。

荻上さんは、評論家としてウェブ上のコミュニケーションについての論考を精力的に発表しておられる一方で、メールマガジンαシノドスの編集長として、様々な分野の書き手に新しい発表の場を提供する活動などもされています。

伝統的なメディアリテラシー概念の定義
講義では、まず「メディアリテラシー」概念についての解説がありました。メディアリテラシーの主な目的は、本来マスメディアに対して市民が抵抗するために、メディアの情報を批判的に解釈する能力を身につけることです。具体的には、「政治権力批判」「商業主義批判」「共同体の保護」「バイアスの検証」などの類型があります。これらはいずれも、大きな「(権)力」によって「私たち市民」が騙されないようにするための抵抗力を備えなければならない、というスタンスで語られてきました。
バイラルマーケティングの時代
ところが、インターネットの台頭以来、この状況に変化がみられるようになりました。インターネットの大きな特長は「ネットワーク化」「可視化」「データベース化」とされますが、典型例として、CGMと呼ばれるユーザー参加型のコミュニティサイトの隆盛があります。この流れによって、個人の選好や意思決定に対する口コミの持つ意味が非常に大きくなってきました。口コミにおいては、「インフルエンサー」と呼ばれる影響力の強い人々の果たす役割が重要となります。このインフルエンサーに注目したマーケティングが「バイラルマーケティング」です。
バイラルマーケティングと同様のメカニズムによって、ウェブ上の小さな言論や行動が雪だるま式に拡大していく状況を、「サイバーカスケード」と呼びます。噂や流言が拡がっていく様子は、まさにサイバーカスケードであると言えましょう。
噂の流通量=重要さ×曖昧さ
ここで荻上さんから、オルポート&ポストマン『デマの心理学』で提案された、「噂の流通量=重要さ×曖昧さ」という関係式が紹介されました。この関係式からは様々な教訓を引き出すことができます。

パニックを防ぐためと称して行政、企業、専門家などが情報発信を抑制すればするほど、右辺の「曖昧さ」が増大し、結果としてかえって噂の流通を後押しすることになります。また、重要でない対象について噂は広まりにくいことから、「そもそもあまり重要すぎるイシューを作らないようにする」というのも処方箋となり得るでしょう。
さて、20世紀までの受動的なメディア体験の時代と異なり、今日のウェブ時代においては、ネット上での噂や流言の信憑性を個々のユーザーがチェックすることが、重要なリテラシーとなるでしょう。そのためには、メディア上の情報を取得する段階、それに基づいて何らかの判断をする段階での自己チェックが必要です。さらに、自ら情報を転送したり発信したりする場合は、発信に対して責任を持ち、間違った情報が流れないようにするために是正へのコミットをすることが求められます。
東日本大震災とメディアリテラシー 〜デマの検証〜

授業では、3月11日の東日本大震災以降にウェブ上で流れた様々な流言が実証データを元に検証されました。たとえば、「ある石油会社の爆発事故により有毒物質が広く拡散しつつある」というデマは、急速に広まりはしたものの、当該企業のウェブ上での迅速な対応と、それを確認し、情報がデマであることを検証したユーザーの自発的な「デマ是正行為」により、比較的短時間に収束しました。
ウェブ上には、誤った情報を広める「うわさ屋」と、それを検証して修正する「検証屋」がいるのです。この、検証屋の役割をいかに効果的に行っていくかがポイントとなります。

しかし一方で、我々は常に「検証屋」(=情報強者)でいられるわけではありません。ある機会において誤った情報を訂正できたとしても、別の分野に関する別の機会においては、むしろ期せずして、誤った情報の発信源になってしまうこともありうるのです。
ウェブ時代のメディアリテラシーと科学技術コミュニケーターの役割

このような事例をふまえ、荻上さんから、従来のメディアリテラシー論に関して以下のような限界が提示されました。
  1. 啓蒙の不可能性→「デマに騙されない」「デマを無くす」は不可能
  2. 「疑え」というメッセージの機能不全→一次資料の欠如、検証側の失敗
  3. ジャーナリストと研究者の仮想対立→「安全厨vs危険厨」への回収

これらの点を考えて、私たちは新しい「メディアリテラシー論」を、自ら構築していかなければならない時代にさしかかってきていると言えるでしょう。科学技術コミュニケーターも、確実にその役割の一端を担うはずです。

荻上さんは、ウェブ上のコミュニケーション以外にも、様々な分野のフィールドワークに基づいた実証的な論考を多数発表しておられます。メディアリテラシー論だけではなく、このような、社会について論じる時の「実証的な態度」からも、私たちは学ぶべきところが多々あるのではないでしょうか。