2022年12月16日(金)、第127回サイエンス・カフェ札幌 「土を作るミルクー環境再生型農業のための生産と消費ー」を札幌文化芸術交流センターSCARTS1Fスカーツコートにて開催しました。ゲストの内田義崇さん(北海道大学大学院農学研究院 准教授)は、栄養素循環と農業をご専門とされている研究者です。聞き手は福浦友香(CoSTEP 博士研究員)が務めました。
今回ハイブリッド開催により、オンラインオフライン合わせて約60名(対面26人・オンライン33名)の参加者と共にお話を伺いました。
「土を作るミルク」とは?
今回のタイトルがなぜ土が作るミルクではないのか、そこには環境再生型農業という方法で食料生産を行いながら環境への負担を減らそうとする取り組みが行われ始めている現状があります。
生産の背景には消費者がいる
まず、先日中標津で行われたNoMaps釧路根室のシンポジウムの話題からスタートしました。このシンポジウムは、内田先生と酪農家の方々が地域の酪農の課題について話し合うものでした。酪農は地域を支える産業でもある一方で、家畜排泄物由来の水質汚染や温室効果ガスの排出といった環境負担の問題を抱えています。また酪農家の方々は情勢のあおりを受け、飼料の値段が高騰、経営的にも苦しい状況にあります。このような地域の酪農家の方の課題を消費者と共有するための取り組みについて語り合われました。こうした地域の酪農の課題に対する地域の取り組みを受け、本サイエンスカフェは消費者側から酪農の課題について考える会として設定されました。
乳製品の存在は、私たちの生活を豊かにしてきました。いつでも気軽に乳製品を購入できる生活は、消費者の需要以上に生産することで保たれています。しかしこの生産方法が環境に負荷を与える方法として捉えられているのです。
私たちが食べられないものを私たちに必要な栄養素へと変える牛たち
牛たちは私たちが食べることのできない草を食べ、私たちが生きるために必要なタンパク質(牛乳)へと変える能力を持っています。昔ながらの農業において、牛たちには自生している草木を食べさせていましたが、高品質で大量の牛乳の生産を求めるようになった結果、私たちが食料としている穀物を餌として与えるようになりました。輸入飼料は、栽培のために化学肥料や水が使用されているのはもちろんのこと、輸入の際に運搬するための燃料も必要です。このように連鎖的に環境に影響していることがわかります。
消費者の需要に応えるため供給と生産が行われており、私たち消費者は改めて消費について考える必要があります。
欧州では、狂牛病や食品偽装問題を契機にオーガニック認証といった安全だけでなく食生活の変革につながる取り組みが行われてきました。近年ではEUによる「農場から食卓まで」という戦略のもと2030年までに化学肥料の使用20%削減、農地の25%を有機農業化といった目標が掲げられ、この実現のために乳製品から摂取するタンパク質を植物由来のタンパク質へと移行するよう推奨されています。植物由来の食生活とは、食肉や乳製品を大豆や豆腐、グルテンなどの代替食品を選択するということです。
オランダはEU域外向け乳製品を輸出しており、その規模はEUにおいて最大です。しかしながら、オランダ政府はEUによる窒素排出量削減を達成するため、畜産農家に家畜を約3割減らすよう求める内容を含んだ気候変動政策をうちだしました。畜産農家たちは、他の産業と比較して畜産農家への削減目標が大きいとして政策に反発し、トラクターによるデモが行われる事態となりました。
オランダ政府による気候変動政策については以下を参照。
調査情報部国際調査グループ(2020)「オランダ酪農乳業の現状と持続可能性(サステナビリティ)への取組み~EU最大の乳製品輸出国の動向~」農業産業振興機構https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000906.html
堅田 元喜(2022)「オランダの厳しい窒素排出規制は妥当なのか?」国際環境経済研究所https://ieei.or.jp/2022/10/expl221028/
こうした状況下で、消費者がより環境負担が少ない商品を生活の中で選んでいくという方法もあります。環境負担が少ない商品とは、商品が消費者の元に届くまでの移動距離が少ない、生産プロセスで資源の使用量を削減したり、大気や水、海洋、土壌など環境への影響が考慮されている商品のことです。
環境負担に配慮した商品に需要があることがわかれば、生産を考慮し始めたり、類似商品との差別化に積極的に用いる生産者の登場が期待できます。
なるべく環境負荷にならない農業を目指すため研究者ができること
商品開発の際に、研究の知見を生かした助言を求められることがあります。研究者が企業と協働することで、研究を商品という形を通し直接伝えることができる。そして研究を推進する技術開発を行うことができると利点があります。
土を作るミルクとは?食料を生産し環境回復も目指す
飼育頭数や方法、牧草の食べさせ方などを考慮し余剰な栄養素の土壌への蓄積を軽減しながら牛を飼育すれば、家畜排泄物によって土を豊かにすることが可能です。輸入された飼料を与えるのではなく、なるべく国産やその地域、牧場の牧草を多く与えることで、技術を活用しながら食料生産と環境回復の両方を可能にする農業を提唱したいと思っています。これが環境再生型農業です。
例えば日本では食料自給率が低く、国外で生産された食料を輸入しています。もし国内の利用されなくなった畑や今は取り除かれている雑草を食料生産に活用し、自給率を高めることができれば食料輸入量を減らすことができます。これは結果として輸入に必要な資源の消費も抑えられ、間接的に環境負担を減らすことになります。農法としてだけでなく食料生産をめぐる仕組みそのもので間接的に環境負担を減らすことも環境再生型農業といえるでしょう。
環境再生型農業における土壌は世界中どこも同じではなく、それぞれの土地で土壌にも固有性があります。そのため土壌の調査項目は多岐にわたります。例えば水、農場の大気、牛に与えられる餌の種類、その餌の来歴、牛のお腹の中の状態や排泄物の量などを農場全体でどう循環しているのかという視点で調べます。
土を調べる際には土の構造を壊さないように慎重に採集し、水はけの良さ、肥料の量、ミミズやバクテリアなど生物の存在、深さや根がどこまで張っているかなどさまざまな項目を調査します。こうしたデータ収集はセンシング技術を活用して行われており、ソニー社と共同で研究がすすめられています。
参加の皆さんからの質問コーナー
参加者は牛乳パック型の付箋に内田先生への質問やカフェのコメントを書き込んでいきました。
Q. 環境負荷は、消費者がメリットを直接感じにくいという問題点もあるのではないでしょうか。その重要性を訴える工夫はありますか?
おっしゃる通りだと思います。大人になりこれまでの食の習慣を変えることは容易ではありません。食育によって子供たちの世代から考えるきっかけを作る、若い世代から変えていくということが大切になっていくと考えています。
Q.環境に良い牛乳には、買取基準や価格、流通面で何か問題はありますか?
乳業会社が基準を設けるということも非常に大切なことです。消費者のニーズが多ければ環境に良い牛乳をつくる企業が増えてくるかもしれません。消費者の思いが企業や社会を動かすかもしれないと考えています。
Q.内田先生はなぜ土を研究するようになったのですか?
幼い頃、住んでいたブラジルで父と見た焼畑農業の光景をよく覚えています。毎日何千もの木が燃えていくなかで、父は木を植えていました。環境への影響がある焼畑を行い農業を続けてゆくことに疑問を感じましたが、焼畑農業をしながらでも農業を続けていかなければ生活が立ち行かない人々の存在も身近に感じていました。子供の頃に見て感じたことが今につながっていると思います。
内田先生からのメッセージ
消費者へ直接届けることのできるカフェでした。幅広い話題を扱った話を参加者の皆さんがよく理解し、最後まで聞いてくださって嬉しく思います。とコメントされました。
土を作るミルクとは、私たちの選んだミルクが未来の土を作る、そのために私たち自身が食生活や消費について改めて考える必要があるというメッセージが詰まっていました。ご来場・ご視聴いただいた皆さん、そして内田先生、ありがとうございました。
味わう会の開催
環境再生型農業で作られたグラスフェッド牛乳はどのような味なのでしょうか。今回のカフェのテーマ「土を作るミルク」を感じるため、実際に味わう会がユートピアアグリカルチャー社とアトリエモリヒコ社の協力により実現しました。
冒頭内田先生から、「牛乳の作り方にも違いがあり、牛が何を食べているのかで牛乳の味も変わります。このグラスフェッド牛乳は若干黄色っぽい色をしており、草の味を感じることもできると思います」というお話がありました。
来場者からは、確かに普段飲む牛乳と色が違う、グラスフェッド牛乳を初めて飲んだといった感想が聞かれました。今回提供されたカフェラテはグラスフェッド牛乳を使って作られており、普段飲むカフェラテとは違いさっぱりしているけれどもコクのあるものでした。
内田先生、味わう会にご参加いただいた皆さん、開催にあたりご協力いただいた関係各所に御礼申し上げます。