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モジュール1-5「コミュニケーションを改めて考え直す」(6/24)種村剛先生講義レポート

2023.7.7

鈴木真理子(2023年度対話の場の創造実習/社会人)

 講師の種村剛先生は、演劇とサイエンスコミュニケーションを組み合わせた活動を通じた教育実践を専門としており、CoSTEP第10期・選科Aの受講生を経てCoSTEPでも教鞭をとられたご経歴があります。

今回は「コミュニケーションを改めて考え直す」と題して、そもそも「コミュニケーション」とは何か、また、CoSTEPで「科学技術コミュニケーション」について学ぶことの意義等についてご講義いただきました。

1. コミュニケーションの2つのモデル

コミュニケーションとは、「人間が対人関係の中で互いの意思・感情・思考を伝達し合い、理解し合うこと」といえます。この「伝達」と「理解」に着目し、「通信モデル」と「理解モデル」という2つのモデルが提唱されました。通信モデルが、送り手の送信したメッセージが受け手に伝達されればよしとする理論である一方、メッセージを受け手が理解できることが必要であるという理論が理解モデルです。
通信モデルの一例として、うなぎ屋での注文風景を考えます。店主に「わたしはうなぎ」とだけ伝えた客に対し、店主が「あなたはうなぎでなくて人間」と返したとします。この場合、客の発した言葉は店主には伝わりましたが、客が伝えたいと意図した内容は店主には理解されていません。コミュニケーションの成立について通信モデルの考え方では限界があり、理解モデルの妥当性が分かる好例です。

2. コミュニケーションと理解

相互行為と文脈(コンテクスト)
では、「理解」とはどのような状態を指すのでしょうか。それには「相互行為」と「文脈(コンテクスト)」について知る必要があります。
相互行為とは、相手の行為に対して継続して行うふるまいとその連なりであり、理解はこのやりとりの中で互いにつくられていくことになります。また、その過程で私たちは文脈を前提として判断しているはずです。この場合の文脈とは、それまでの情報の参照や場面の状況、表情・しぐさの解釈、各人が持つ知識・価値観・規範等、情報を理解する前提となるものを広く意味しています。
つまり、理解とは送り手が伝えたいと意図したことが受け手に伝わることであり、コミュニケーションの成立のための理解には、相互行為のもつ双方向性と情報としての文脈の存在が重要だといえます。

科学技術コミュニケーションにおける文脈
文化人類学者のホールは、ハイコンテクスト(前提とされている文脈を情報よりも重視する)とローコンテクスト(伝達された情報を文脈よりも重視する)の概念を提唱しましたが、科学分野に関しては、知識はどんな文化や時代でも普遍的に妥当するローコンテクストなものである一方、その知識の理解は科学者共同体の特殊な文脈に強く依存しているハイコンテクストな面も有するという特徴がみられます。
科学技術コミュニケーションでは、科学者共同体の中に存在している文脈が共同体外の人々には理解・共有されていない、この乖離の解消がポイントになるかと思われますが、コミュニケーター自身においてもただ「かみ砕いて伝えれば伝わる」ものと思いがちになってしまっているところが問題です。これからの科学技術コミュニケーションにおいては、科学者共同体の文脈とは別の「理解の文脈づくり」が必要となるでしょう。

3.コミュニケーションと公共

CoSTEPでは科学技術コミュニケーションの実践としてサイエンスカフェの企画運営などの「対話の場の創造」を取り入れていますが、“カフェ”の由来は17~18世紀頃のヨーロッパにおけるコーヒーハウスの流行にあるのではないかと考えられています。当時のヨーロッパでは階級や職業を超えたさまざまな人々がコーヒーハウスに集まり、そこが政治・経済、社会問題について議論を行う場になっていました。このような対話の場がのちの市民革命の原動力になったともいわれています。つまり、科学技術コミュニケーションにも民主主義の精神が理念として根付いているのです。
民主主義は政治において住民自身がルールを決める、自分たちの生き方は自分たちで決めていくという方法ですが、科学分野においても「自分たちが使う科学技術は自分たちで決めていく」と置き換えることができます。それには、ミニ・パブリックスなどに代表される「熟議」とよばれる話し合いによって、数の力ではなく「理由の力」による決定が重要となります。特に多くの人に影響が及ぶ気候変動対策においては、このような熟議による科学技術コミュニケーションが必要とされており、気候変動対策における科学技術コミュニケーションにより、ひいては既存の民主主義の在り方を刷新することも可能ではないかと考えられています。

4.科学技術コミュニケーションを学び直す

「学習」とCoSTEPにおける学び
CoSTEPでの学びは、社会人受講生にとっては「学び直し」としての側面もあると思います。ここでは学習と問いについて考えるとともに、「誰も答えを知らない問い」についてどう答えていくかを考えました。
学習の目的には「知識や技能の獲得」などが挙げられますが、これは「今まで答えられなかった問いに答えられるようになること」ともいえます。そして、今まで答えられなかった問いには、「他の人はその問いに答えるための知識を持っているが、自分はその知識を持っていないので答えられない問い」と「他の人も自分も問いに答えるための知識を持っていない問い」の2つのタイプがあります。
CoSTEPでは、前者のタイプの問いについては「講義」で、後者のタイプの問いについては「演習」「集中演習」「実習」を通じて取り組んでいくことになります。

「誰も答えを知らない問い」に答える
「誰も答えを知らない問い」に答えることは、問いに対して『こうではないか』と仮の考えを置き、実際に試行錯誤を通じて確かめ「答え」を見つけていくことで可能となると考えられますが、これは「リサーチクエスチョン」「仮説構築」「実験・観察」のプロセスによる「研究」の手法そのものであり、研究とはまさに誰も答えを知らない問いに答える営みであるといえます。
これらの営みにおいては、実践を行う者は実践する上での初心者として自分の経験や知識をいったん取り払い、教員等のすでに知識を持っている者(経験者・熟練者)から学び、ともに試行錯誤しながら新たな経験を積み重ね学習していくことが推奨されます。また、問いに対して仮説を立てるためには、そのための知識の習得も必要であることから、いわゆる「講義」と「演習」・「実習」との両輪で学んでいくことも重要です。

受講後の雑感

コミュニケーションにおける「伝える側」と「受ける側」のそれぞれの立場について改めて考え、科学技術コミュニケーションの本質について知ることができました。また、敢えて「問い」を残し、考え続けさせてくれる余韻を与えてくれた講義であるようにも感じました。現在のCoSTEPでの学びについても体系的にとらえることができ、今後の学びに対するヒントにもなったと思います。

種村先生ありがとうございました。