Articles

Module 5-4 "Women Unmystified: Science as Seen by Women, Women as Seen by Science" (12/9) Lecture Report by Prof. So-young Lim

2024.3.13

中村達郎(2023年度選科A/社会人)

観点を定めることにより、「科学」も「サイエンスコミュニケーション」も力強いものとなりえる

モジュール5「多様な立場の理解」の最後の講義として、韓国 東和大学 基礎教養大学 助教 イム・ソヨン先生に「謎に包まれない女性たち:女性から見る科学、科学が見る女性」という題でお話しをいただきました。今回の講義ではCoSTEPスタッフの朴 炫貞先生による同時通訳が行われ、普段とは異なる方法・雰囲気の中で講義がスタートしました。

(授業はCoSTEPスタッフの朴 炫貞先生による同時通訳で行われました)
イム先生ご自身の話

「多様な立場の理解」というテーマから、イム先生の生い立ちについてお話がありました。子どものころから「科学者」になりたいと思い、韓国の科学高等学校からソウル大学へと進学したイム先生。しかし20代の頃は「科学は天才が問に対して迫っていくもの」「自分自身とのつながりや所属感が薄い」と思い、科学への好奇心が持てなかったとのことでした。
そんなイム先生が現在、STS学者として考えている「問い」を元に話が進んでいきました。

女性の観点から見た科学は、どの観点も持たない科学とどのように違うか?

どの観点も持たない科学とは無意識に私たちが接している科学であり、客観的なもの。客観性を持とうとすると、「男性的」もしくは男性からの女性に対する固定観念が入った科学になるとイム先生は言います。では、女性の観点から見た科学にはどのような結果や可能性があるのかを見ていくとして、事例の紹介が行われました。

(性に関する固定観念と科学の関係について18世紀の状況を説明するイム先生)
観点の無い科学は、性別による固定観念を反映し、強めることがある

18世紀、英国の解剖学者ジョン・バークリーの著書の中で、男性の骨格はウマの骨格、女性の骨格はダチョウの骨格とともに描かれています。イム先生は「相補的な違いといっているが、「差別的な視点」があるのではないか。客観的にその差異を伝えることができているのか疑問が残る」と指摘しました。
ヒトの性染色体であるY染色体の研究事例も挙げられました。1965年パトリシア・ジェイコブスの論文にて「余分のY染色体が非正常的攻撃行動を起こす」という内容が発表され、1970年代中盤まで、XYY染色体研究が多く行われました。1976-1977年の疫学調査にて間違いがあることが報告され、現在ではXYY染色体と暴力性に関する研究は行われていないとのことです。しかしながら、XYY染色体の研究内容は大衆文化にまで影響を与え、1976年には小説を元としたドラマ「The XYY man」が世に出るなどのことがありました。

これらの事例から、「性に対する固定観念が科学者に影響を与える」、「社会と科学では(情報の)浸透スピードの違いがある」という2つの教訓があるとイム先生はおっしゃいました。前者は、科学者は事実を客観的に公表したつもりだったと思われるが、社会的な固定観念が反映されることにより、男性は強く活躍するものだという観念の強調がなされたこと。後者は、科学者内では「間違った解釈だ」と認識されていたが、大衆文化にコンテンツとして受け入れられてしまった結果、訂正するまでには時間がかかることの例であるとおっしゃっていました。

(観点のない科学について衝突実験に使われる人体模型を例に説明するイム先生)
観点の無い科学は男性を中心とする

車両の衝突実験に使われる人形、心筋梗塞の前兆で胸を押さえる人をイメージしたとき、思いつくのは男性・女性のどちらでしょうか。観点の無い科学、言い換えると性別を意識しない科学では男性を対象として扱われることが多いことが見えてきます。
心筋梗塞の例を見ると、韓国では女性の死亡原因2位が心臓疾患であり、ヨーロッパでも上位の死亡原因であるとのこと。男性は心筋梗塞の前兆として胸の痛みがあるものの、女性の場合は手足の痛みや消化不良、全身疲労など多様な症状で現れることがわかってきています。
男性中心と考えた場合、男性の事故・病気への理解が深まるものの、女性の事故・病気への理解がされずリスクが高まるとイム先生は指摘します。

女性の観点からみる科学は性別の固定観念へ挑戦する

脳科学が性別の固定観念の根拠とされた例として、2020年 韓国教育府の公式SNSにアップされたコンテンツ「父のための子ども教育ガイド」が示されました5。「男性は狩猟のため脳を発達させ、女性は育児のため共感とコミュニケーションに関わる脳を発達させてきた。よって、(子育てにおいては)女性からアドバイスを受けるべきだ」というものでした。このコンテンツは世論の批判を受けすぐに削除されたそうですが、社会における性別の固定観念の根拠として脳科学や進化論が使われた典型例です。
男性脳、女性脳と分けるのではなく「モザイク脳」であるとする研究の紹介もされました。イスラエルのダフナ・ジョエルの研究では、成人1400人の脳MRIデータを分析しました。ヒトの脳を116の部位にわけ、男女で体積の差が大きい10部位を選び、女性型、男性型と区別した後、個々人の脳が女性型、男性型と一貫した特徴を持つかを調べたのです。結果、一貫性を示したのは全体の6%にとどまり、残りは女性型、男性型を併せ持ったモザイク脳であったとのこと。この研究は科学の中に性別の固定観念を持ってきてはいけないという明快な事例になるのではないかとイム先生はおっしゃいました。
モザイク脳はNHKスペシャルでも取り上げられました。番組内で扱っていた自分のモザイク脳を簡易的に調べることができる「モザイク脳チェック」はホームページ「The Gender Mosaic」で行うことができます。自分のモザイク脳を知ることも性別の固定観念を見つけるきっかけになるかもしれません。

性差を考慮した科学

性差を今一度見直すような事例も紹介されました。
2009年から米国スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱した「ジェンダー革新(Gendered Innovations)」というプロジェクトがあります。「生物学的な性別の違い」「社会学的な性別の違い」を理解したうえで研究するべきという主旨があり、米国と欧州での科学研究政策へ反映されています。
「生物学的な性別の違いによる影響」の事例としては、実験者が男性の場合、マウスがストレスを受ける研究が紹介されました。男性の腋から放出される化学物質に対してマウスが警戒をし、そのような結果を示したとのことでした

まとめと共感した日本における性別の固定観念

様々な事例を紹介いただいた後、イム先生からメッセージは「観点のある科学へ進んだ方が良い」というものでした。イム先生の著書「ミステリアスではない女性たち」の「ミステリアス」と題したのは「客観的であっても、明確ではないと認識される場合、科学では大きな問題になるのでは」と考えてのことでした。今までの科学も研究者が存在するからこそ「観点」があるはずであり、「観点」が無いと理解しづらいのでは、とイム先生はおっしゃいます。
「観点を定めることにより、科学もサイエンスコミュニケーションも、力強いものとなる」。力強いものとは伝える相手に対し、理解しようとするきっかけを与えてくれるとイム先生おっしゃいました。
また、「日本は女性科学者が少ないが、韓国の現状はどうなっているのか」という質問への返答で、「男性は成績が良くなくても理系に進学、女性は成績がとても良くないと理系に行かないという固定観念がある」という話に会場でももうなずきが得られたことから、日韓で共通した固定観念を持っていることも知ることができました。
同時通訳のハードルと時間制限もあり、イム先生ご自身の研究については「またいつか!」となってしまいました。このような熱い思いを持つイム先生はどのような研究をしているのか。ご自身からのお話が聞けること切に期待しております。

(イム先生ありがとうございました!)


1.STS:Science, technology and society、科学技術社会論。科学技術が社会(政治的、経済的、文化的)に引き起こす影響や問題、あるいは社会が科学技術に与える影響や問題を、 分析しようとする研究分野、またその教育を意味する。
2.事例として示されたジョン・バークリーの図はWikipediaで閲覧可能
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Barclay,_J.,_The_Anatomy_of_the_bones…_Wellcome_L0028782.jpg
3.Jacobs, A.Patricia et.al (1965)“Aggressive Behaviour, Mental Sub-normality and the XYY Male”
Nature ,208:1351–1352
暴力的な精神疾患の患者の性染色体を調査し、3.5%の患者がXYYの性染色体を持つことが分かった。
4.The XYY manについて、詳しくは英文のWikipediaを参照
https://en.wikipedia.org/wiki/The_XYY_Man
5.聯合ニュース 「お母さんは養育、お父さんは狩り…男女脳違う」という教育部 2020年5月1日
https://www.yna.co.kr/view/AKR20200501038800004
6.Daphna Joela et.al (2015) “Sex beyond the genitalia: The human brain mosaic” Proc Natl Acad Sci U S A 112 (50):15468-15473
7.NHK「ジェンダーサイエンス(1)「男X女 性差の真実」」 2021年11月3日
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pneAjJR3gn/bp/pn11RwvEEn/
8.「モザイク脳チェック」については、ホームページ「The Gender Mosaic」の「Questionnaire」から行うことができます(日本語のページはありません)。https://gendermosaic.tau.ac.il/
9.WIRED「マウスの実験結果は、研究者の「性別」で大きく変わる:研究結果」 2014年5月2日
https://wired.jp/2014/05/02/mice-get-stressed-out/