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JJSC35 アドバイザーコメント

2025.2.10

JJSCでは外部のご意見を頂き、編集方針等を改善していくため、アドバイザー制度を設けています。第35号に掲載の論考についてアドバイザーから、コメントをいただきました。公開の許可を頂いたコメントについて公開いたします。

佐々木香織 札幌医科大学 医療人育成センター 教授

掲載原稿の著者について

本雑誌は、常に科学コミュニケーションに関して、多岐にわたる論考を掲載しているが本号もその系譜を受け継いでいるように思われる。しかも本号は、ジェンダー、クラウドファンディング、サイエンスカフェ、核兵器・原子力といった2024年の時流に即したトピックスが並んだともいえるだろう。社会科学という学問、特に科学コミュニケーションという分野においては、時代と並走することが期待されている傾向がある。したがって、その時代で考えるべき点を押さえて論考する論文を集めるという体裁を取れたことは、社会科学という学問、中でも科学コミュニケーションという分野の雑誌の中で、本号は一つの価値を体現できたように思われる。

その他

更にもう1点述べておきたいことがある。それは紙媒体が無くなりウェブ版になったことに対する改善策の提案である。紙媒体の雑誌は書籍のように綴じてあると、掲載の順番などによって、一つの雑誌としての統一感やフィロソフィーを示せると言われている。そこで本雑誌はウェブ版のみの発刊となった以上、現在のようなフラットな掲載だけでなく、ウェブ上で本・書籍の様な一冊にまとまって表示される機能と、そこから印刷できる機能をつけることを提唱したい。そうすることで、紙媒体を廃止しても、紙媒体の雑誌に内包されていたある種の価値を継承できるからである。

原塑 東北大学大学院 文学研究科 准教授

南崎梓、一方井祐子、加納圭、井上敦、マッカイユアン、横山広美「高校物理選択における教師の無意識ジェンダーバイアスの探索的研究」

この研究では、大学の理工系学部に進学することを希望している高校1年生に対して、高校の進路担当教員が、履修科目として物理学、もしくは生物学のどちらかを選択することを勧めるという内容の7つの架空のシナリオを用意し、高校教師の経験者に読ませて、シナリオ内の進路担当教員の助言に賛同するかどうかを調べたものです。シナリオ内の高校1年生が男性であるか、女性であるかに応じて、被験者の賛同の程度に差が出る可能性があり、それを確かめることで、高校教師が持つ、生徒の科目選択に関連するジェンダーステレオタイプ、具体的には、例えば、男子生徒は物理学に向いていて、女子生徒は生物学に向いているとみなす先入見の存在を明らかにすることができるかもしれない、と期待されるからです。実験の結果、生徒の科目の選択に関しては、教師経験者は、おおむね、生徒の希望を尊重する傾向が見られましたが、男子生徒が、物理学を選択したい気持ちがあるが迷っている、もしくは、大学で何を研究したいかに関して明確な目標がなく、物理学、生物学のうち、どちらを履修するかについて考えがない場合に、物理学を選ぶように、後押しする傾向が見られました。この論文を見ると、高校教師経験者は、生徒の考えを尊重し、ジェンダーステレオタイプをあまり強くは表出していないという印象を受けます。しかし、実際のところ、上記のケースの後者、つまり、大学で何を研究したいかに関して明確な目標がなく、物理学、生物学のうち、どちらを履修するかについて考えがない生徒が少なくないと想像されることを考えると、この論文で明らかになった高校教師の振る舞いは、大学における物理学分野における研究人材の男女比の差を生じさせる大きな要因の一つになっている可能性があるとも思えます。このような、やや大胆な結論を主張できるかどうかは、その前提として、高校生の理工系進学希望者の中で、どれくらいの割合の人々が、大学で何を研究したいかに関して明確な目標がなく、物理学、生物学のうち、どちらを履修するかについて考えがない生徒に該当するのかにかかっています。そこで、それぞれのシナリオに描かれているようなタイプの高校生が、それぞれ、どれくらいの割合で存在するのかも、調べておいていただきたかったと思いました。

小林良彦、坂倉真衣、吉岡瑞樹、三島美佐子「草の根サイエンスカフェの開設・継続に必要な要素:九州北部地域の三つのサイエンスカフェの質的研究から」

科学コミュニケーションは、それを実践する主体がどのような立場にあるのかに応じて、それが持つ意味が大きく異なります。研究者にとって、科学コミュニケーションは、自分たちの研究の重要性を国民に示して支持をえる、自分たちへの信頼を獲得する、後継者となるかもしれない若年者に研究者になる進路を選択してもらうといった目的をもつ活動です。行政にとって、科学に対する一般の人々の親しみや信頼を醸成すること、あるいはそれに加えて、一般の人々の科学的知識を増進し、社会の中での問題解決に役立ててもらうことが政策目標であることがあります。また、自分たちが行なっている政策への支持の獲得を期待して、行政が科学コミュニケーションに乗り出すこともあるでしょう。つまり、科学者や行政のような専門家集団にとって、科学コミュニケーションは、それを行うことで獲得しうる利益が見込める活動です。それに対して、専門家集団に属しているわけではない方々が、科学コミュニケーション活動を行う動機は、自明ではありません。

この論文では、九州地方で継続的に実施されていて、一般の人々が主催者になっている三つのサイエンス・カフェ運営組織を対象とし、その主催者へのインタビューを行うことで、主催者がサイエンス・カフェを長期運営しうる条件を明らかにしようとしたものです。カフェを実施する場所の確保や、話題提供者になる研究者とのネットワークの形成の重要性が指摘されているのは当然ですが(ただ、資金調達の話が、あまり話題になっていない)、この研究の意義深いところは、主催者にとっての生きがいや、サイエンス・カフェが開催されている地域への貢献が、サイエンス・カフェ運営の駆動力になっていることを掘り起こしたことだと思います。先端の科学研究に触れて、それに従事している研究者と言葉を交わすことが、主催者の人生にとって、また地域にとって大きな意義をもつことがありうることがわかったことは、私にとって大きな収穫でした。世の中には、小説を読んだり、哲学書を読むことに生きがいを感じて、読書会に参加したり、それを主催したりする人々が少なくありません。今後、そういった活動と比較して、一般の人々の人生や地域における暮らしにとって、先端科学が持つ文化的意義がどのようなものであるかが、さらに詳細に明らかにされることを期待します。「科学を文化に」という掛け声を、科学者があまり明確な考えをもたないまま、述べることがありますが、この論文が示したことは、サイエンス・カフェは科学が文化的価値を獲得する場なのだということだと思っています。

太田英暁、谷水城、柴藤亮介「支援者と実施者、両面からの日本国内の学術系クラウドファンディングの特性検討」

クラウドファンディングに支援している人々の属性や、支援理由、支援額、支援回数などを、質問紙による調査により明らかにしようとするとともに、クラウドファンディングを実施した研究者1名にインタビューを行うことで、クラウドファンディングを実施した理由や、資金獲得を目指して気をつけた点などを調べた研究です。読み応えのある興味深い結果が得られていて、一読する価値がありますが、私にとって特に興味深かったのが、クラウドファンディングに支援をしている人々を、研究者/非研究者に区別した場合、非研究者の方が、支援額も、支援回数も多いという結果が得られていることです。私は、クラウドファンディングは、研究者内の内輪で動かしているものかと思っていましたが、それは間違いでした。