実践+発信

「科学をあるく」展示を開催しました

2025.4.7

はじめに

本稿は、2025年3月13日、15日、16日の3日間にわたって開催した展示会「科学をあるく ―原子力からみる科学のつながり―」(協力:北海道大学総務企画部総務課 創基150周年記念事業準備事務室、北海道大学 広報・社会連携本部)に関する報告記事です。

CoSTEPの教育プログラム「対話の場の創造実習」では、受講生自身がサイエンスカフェの企画・運営に携わることで、科学技術コミュニケーションの場づくりを実践的に学んでいます。
今回私たちは、原子力技術の多面性をテーマに展示会を開きました。

*エンレイソウパワーアッププロジェクトのテーマの一つである、学内の魅力発信を目的とした展示・ワークショップ『ENLIGHT The World』の趣旨と合致していたことから、エンレイソウ1階プレゼンテーションラウンジENLIGHTを使用しました。

メンバー(CoSTEP 第20期 対話の場創造実習受講生):
菊池、木元、桜木、佐々、佐藤、正田、染谷、田邊、松下、山崎、山田、李

私たちの足跡

今年は、広島と長崎に原子力爆弾が投下されてから80年という節目の年です。加えて去年は、日本被団協がノーベル平和賞を受賞し、核廃絶への思いを世界に訴えました。このタイミングで改めて原爆や被曝について知り、見つめ直す機会を作ろうと、この企画が始まりました。しかし、いざ始めてみると、科学技術コミュニケーションという文脈から原爆・被曝を扱うことの困難さに直面した私たち。メンバー同士で多くの議論を重ねたのちに、そもそも原子力技術とは何か、それが過去から現在にいたるまでどのように開発・利用されてきたのか、そして原子力が持つ多面性について、人々に知ってもらい、対話するための展示会を開催することになりました。

展示の入口には、展示会への導入、原子・原子力の科学的な説明パネルを立てました

課題となったのは、社会-科学的な側面の広がりや過去-未来という時間軸の広がりをどう見せるか?でした。「科学技術の多面性、複雑性を可視化し、参加者に向き合ってもらう」ためには、まず私たち自身がしっかりと、その多面性を捉える必要がある―。そこで準備段階では、取材や調査を入念に行いました。調査では、原子力技術の実用例や原子力の発展に関わった科学者、そして関連するコンテンツをまとめた細かなマップを作成し、科学的なつながりや時系列など、様々な面から捉え直しました。

“原爆、原子力発電、PET検査、惑星探査機、マリー・キュリー、バックトゥザフューチャー…”
広がり過ぎて収拾がつかなくなったマインドマップ


研究者への取材も行いました

そうして培った情報や思いが、この展示会の随所に活かされました。まず展示の序盤に、この過程で私たちが考えてきた経緯や感じた難しさを共有・表現するため、「私たちの足跡」というコーナーを設けました。展示に至るまでのボツ案や挑戦の様子に加えて、近年話題となった映画「オッペンハイマー」の感想も組み込みました。また、この展示をただ見せるだけではなく、参加者と私たち、そして参加者同士の対話の場を創るべく、参加者には“インプレッションカード”“ルールブック”への記入という形で参加してもらえるような工夫を施しました。こちらは本記事の後半で紹介します。

この後は、続く展示コーナーを一つ一つ振り返ります。

研究者からの手紙

現在の原子力技術の多面性ついて触れる前に、まずはこれまでの歴史の中でどのように原子力技術が開発されてきたのかを知ってもらおう、という思いから生まれたのがこの展示です。ただ説明を読んでもらうだけではなく、つい読みたくなる仕掛けを作るためのアイデアが「手紙を開いてもらうこと」でした。研究者から語りかける形にすることによって、研究を身近に捉えてもらうという目的も果たせたように思います。

それぞれの研究者から1枚ずつ、計7枚の手紙。ある研究者は他の手紙を書いた人の影響を強く受けていたなど、手紙同士のつながりも意識しました

実は出来上がった時は楽しんでもらえるかがとても不安だったのですが、多くの方が丁寧に1枚1枚読んでくださって、その姿を見るのがとても嬉しかったです

科学をA look

歴史に触れた後は、現在の原子力技術の広がり・多面性を感じてもらう展示が待っています。「原子力技術」のイメージとして、原子力爆弾や原子力発電所の事故といった負の側面が印象的かもしれません。しかし、じゃがいもの発芽抑制、品種改良の効率化、宇宙探査機の動力源といった現代社会になくてはならない技術でもあります。

展示の手法には、現実世界にデジタル情報を重ねて表示する「AR(Augmented Reality:拡張現実)」を採用しました。

iPadでARを起動すると、一見なにもない空間に、原子力爆弾や原子力発電所、巨大なじゃがいも、花、虫、時計、タイヤ、ロケットなど、多種多様なオブジェクトが浮かび上がります。

オブジェクトをタップすると、それぞれが原子力技術とどのように関わっているのかが表示され、説明を読むことができます。

私たち自身が驚いた原子力技術の多様性を、非日常的な空間として表現し、来場者が「科学をあるき、つながりを感じる」体験ができるように設計しました。

今回はAdobe Aeroというソフトを使用しました

目の前の空間に重なってオブジェクトが配置されます

およそ3m×6mの空間を歩きながら、上を見たり下を見たりと、大人もお子さんも楽しんで体験してくれました

研究者インタビュー

ARで原子力技術の広がりをあるいた後は、原子力、より広く科学技術に潜むリスクについて考えます。北大の4人の専門家の方々に行ったインタビューを、動画と読み物という形で展示しました。原子力技術の専門家として、中島宏先生(原子力工学)、松浦妙子先生(陽子線治療)に、科学技術社会論の専門家として、吉田省子先生(リスクコミュニケーション)、川本思心先生(デュアルユース)にご協力いただきました。これまでの研究や実践をふまえて、科学者と市民の間で起こるコミュニケーション上の問題や、科学が正しく使われるためのルールについてお話くださいました。会場には、先生方の声が絶えず流れていました。

会場に響く先生方の声が、私たちの緊張感を和らげてくれました

このコーナーでは声をかけず、自分のペースで動画や記事を見てもらいました

ルールブック

こうして展示をあるいてもらった最後には、2つの参加者ワークを用意しました。一つ目は、科学技術が「正しく」使われるためのルールを考えるワークです。例えば「科学者は安全のためにもっと対話してほしい」というように、「誰に、何のために、何をしてほしいか」というシートを、スタッフや他の参加者と一緒に埋め、最後に「みんなのルールブック」の1ページに加えてもらいました。科学を専門にされている方ほど、難しすぎて書けない!と頭を悩まされていました。参加者の思いのままに書けない不完全な設定だったと思いますが、その人自身の思いを引き出せるよう、対話を生みました。

安全、自然、便利、未来のための4つのルールブックができました。主語と目的語はシールになっており、子供さんも楽しんで参加してくれました。また、「未来」のルールは、あふれるくらいに集まりました

当日参加できなかった実習メンバーにも、オンラインでルールを作ってもらいました!

インプレッションカード

二つ目のワークは、実は展示の最初から参加者に取り組んでもらっていました。原子力技術へのイメージを漢字一文字で表現する「インプレッションカード」です。カードは白黒両面になっていて、黒の面には展示を見る前のイメージ、白の面には展示を見た後のイメージを書いてもらいました。このカードを通じて原子力技術への思いに向き合ってもらうこと、そして展示による参加者の変化を可視化することが目的でした。多くの人が「難しすぎる!」と困っていましたが、それが対話を始めるきっかけになっていたようにも思います。出口ではカードを天井から垂れた銅線に吊るし、「インプレッションのカーテン」をつくりました。

最初のイメージは、力、危、強など、素朴な漢字が多かったように思います

展示を経て、近、活、共、人など、広がりを持った漢字が多く登場したのが印象的でした

最後まで対話は続き、一文字に悩んだ理由・隠された思いや、ほかのカードへの感想などを共有してもらいました。

さいごに

会期中は、のべ236人の方々にご来場いただきました。積極的に呼び込みも行い、事前予約性のサイエンスカフェと比べると幅広いバックグラウンドを持つ方々に参加していただきました。準備期間は様々な意見や考え方に飲み込まれそうになりながらも、どうすれば私たちも含めたみんなの考えやもやもやを共有できる場になるのか、膨大な時間をかけ向き合った結果が今回の展示です。会場にいた実習生一人ひとり考え方も異なり、どうこのテーマを伝えることが正解なのかは分からないまま展示会場で皆さまとお話しさせていただきました。しかしその不完全さや迷いがあるからこそ、当日来場者の方々と一緒に深く考え、悩み、多様な意見が集まる場を生み出せていたようにも感じます。対話の場に求められるのは完璧ではなく、誠実であることなのではないでしょうか。来場してくださった皆さま、関係者の皆さま、そしてここまで記事を読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

初日、インプレッションのカーテンにて

最終日、AR展示コーナーにて