今回は、大阪大学医学系研究科教授の加藤和人先生にお越しいただき、「ライフサイエンスと社会」という題で講義していただきました。まず、ライフサイエンス研究の発展に伴う「倫理的・法的・社会的課題(ELSI)」について、そして、そうした課題への対応の現状などについてお話しいただきました。
ヒトゲノム研究の新しい動きとして、個人のゲノムを比較的容易に解読できるようになり、そうしたデータを大量に集め、多くの研究者が様々な目的で利用できるようになりました。そのことによって、例えば、解析結果をどう開示するか、遺伝情報をどのように保護するか、データベースにどうアクセスし情報共有したらよいかといった、多くの倫理的・社会的課題が出てきました。
また、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞の研究が進み、いくつかの倫理的な課題が生じています。ES細胞については、受精卵をどのように利用してよいのかについて課題があります。受精卵を利用せずにすむiPS細胞に関しても、自分の体細胞から卵子や精子を作って子どもを生みだしてよいのか、ヒトの臓器を作る動物を臓器移植に利用してよいのかといった課題が生じるでしょう。
こうした課題について日本ではいくつかの法律や指針が作られていますが、国がルールを決めて、研究者たちがそれを守るというトップダウン体制になっています。ELSIの専門家である加藤先生によると、その体制は十分でないといいます。ELSI研究者の間には国際的なネットワークがあり、自分たちでルールを作り自分たちでそれを守ることで、ボトムアップ式に国の指針などに反映させるという取り組みが、すでに行われつつあるそうです。
そのためには、市民、政府、自然科学者、人文社会科学者の間をつなぐプロフェッショナルが必要だと加藤先生は力説します。ときには自然科学・医学などの研究コミュニティの現場に入り、ときにはその外側において専門家と非専門家をつなぐような人材がますます必要になってくるといいます。その一端を担うような科学技術コミュニケーターが今後、たくさん輩出されることが期待されます。