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「地域住民が野生動物の保全管理にどう向き合うか」1/10 立澤史郎先生の講義レポート

2015.1.24

今回の講義では、北海道大学大学院文学研究科の立澤先生にエゾシカやヤクシカなどの“ニホンジカ”を例として、地域住民と野生動物の保全・管理にどう向き合うか、先生の実践されている活動を通して解説していただきました。

鹿学入門 – ニホンジカを学ぶ −

冒頭、講義の主役であるニホンジカのおさらいということで、“鹿学”が始まりました。まずは世界中のシカとニホンジカを比べ、ニホンジカの特徴を学びました。ニホンジカはカラダの大きさや社会性、住処などの比較項目に関して、世界中のシカと比較すると非常に中間的な性質を有しています。特に森林と草原の両方、その境を好むニホンジカの習性は日本の里山文化やその環境に非常に適していたと言え、ニホンジカが多く分布するようになった要因とも言えます。そして、ニホンジカには14の亜種が存在し、うち日本列島には7つの亜種が生息しているようです。

ここで、教壇に置かれた存在感の大きいシカの頭骨が活躍しました。大きなエゾシカの頭骨と小さなヤクシカの頭骨を比較し、同じニホンジカでも、亜種そして違う地域でまるで異なる種のような特徴があることを紹介していただきました。加えて、ニホンジカの特徴的な食生活も紹介していただきました。ある一定の環境に依存する他の草食動物と異なり、ニホンジカは森林のどのステージの植物であっても食べてしまいます。このような食性は、どのような環境でも生き残っていけるニホンジカの大切な特徴の1つです。そして、これらの特徴からニホンジカの分布が年々拡大し、農林業被害や深刻な生態系被害を生み出しています。また厄介なことに、ニホンジカは積雪量などの増減によって個体数が大きく変動しやすいと同時に、個体群密度が奈良公園のレベルにまで達することができます。すなわち、ニホンジカは大型の哺乳動物としては非常に稀な増え易く、減り易い動物であると言えます。

エゾシカの管理体制

続いて、このニホンジカの管理状況を北海道のエゾシカを例にお話いただきました。今はエゾシカの捕獲数や被害額が拡大し、問題視されていますが、実は禁猟前の明治期にもかなりの捕獲数が記録されています。エゾシカ視点では今の状況が異常なのではなく、昔に戻っただけなのではないか、といった考え方もできます。このデータのインパクトは大きく、一時期のデータだけで議論するのではなく、過去のデータも含めて現状を議論することが大切です。さて、エゾシカの被害ですが、道内ではその被害状況をデータとして把握し、科学的管理に生かしています。この管理は行政と研究者が協力しデータを基に組み上げてきたトップダウン型・全体(マス)での管理で、被害状況に応じた対応(フィードバック管理・順応型管理)をとっています。しかし、市民主体の地域ごとのモニタリング体制や実行体制の構築、市民の合意形成といったボトムアップ的アプローチにはまだ至っておらず、エゾシカ問題の課題となっています。

ヤクシカ問題と実践アプローチ

後半は本題のヤクシカ問題です。屋久島ではヤクシカと住民・来島者とのコンタクトが急増しており、集落の鋪装道路にも子連れのメスシカがやってきます。さらに、集落で子供を産み、山を知らない里生まれのシカ(里シカ)が出てきています。そこで、ヤクシカの管理体制として、特定計画制度や世界自然遺産科学委員会の議論を通じた科学的管理が試みられています。一方では、世界遺産管理の枠組みの中で、トップダウンの傾向も強まっており、地元の主体性を強める動き(例えば10年ぶりの全島分布調査など)の継続が課題となっています。

立澤先生が地域住民と調査(島民調査)してヤクシカの分布や増減を調べた実践手法を紹介していただきました。島民主体でモニタリングすることで、実際にシカが増加していることを確認し、島民の認識とも合致しました。また、島民主体のデータ取得により、島民のイニシアチブ・発言権の取得につながるとともに、広い意味での環境教育に繋がりました。この地域住民による島民調査はボトムアップ的アプローチとして有効だったようです。

最後に、調査の過程で見えてきた、屋久島の歴史とヤクシカの関係に関して解説していただきました。屋久島では過去から大規模伐採が行われてきた地域があり、この地域を中心にシカの捕獲が行われていたようです。また、古株猟師への聞き取りや資料調査からはかつて屋久島には鹿倉(かぐら)が存在し、それをベースに江戸時代から管理狩猟が行われていた可能性があるようです。その際に、谷に逃げ込んだシカが生き残ってきたのではないかと推察されており、これを裏付けるように、ヤクシカの遺伝子はエゾシカよりも多様なのです。

今回の講義では、エゾシカ、ヤクシカを例に、野生動物の管理政策にどう向き合っていくべきか学ぶことができました。私たちはどうしてもマスデータに目を向けがちで、全体での議論に陥ってしまいます。しかし、立澤先生の講義にあった、地域住民を巻き込んだボトムアップ的アプローチが、地域状況の確認に留まらず、住民の環境教育にも有効である可能性を示唆していただきました。大きなデータに隠れて見えにくくなっている、個々の状況やその地域住民との関係など、どこに目を向けて行かなければいけないのか、“シカ”が考えるきっかけを与えてくれたように思います。

立澤先生、ありがとうございました。