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「「何を、なんのために、どう伝えるか  「新型コロナ」「ヒト胚へのゲノム編集」を例に」(12/18)詫摩雅子先生 講義レポート

2022.1.20

石井花菜(2021年度 本科/学生)

 

モジュール6は「社会における実践」がテーマです。実際に科学技術コミュニケーションの領域で活動をされている方々のこれまでのキャリアや活動の背景、原動力などについてのお話を伺い、受講生は自身の将来像を描きます。第1回目は日本科学未来館(以下、未来館)、科学コミュニケーション専門主任の詫摩雅子(たくま・まさこ)先生にご講義いただきました。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)やヒト胚へのゲノム編集のような、全員が満足できる結論は決して得られない課題を抱えるテーマに対してコミュニケーターはどのように臨むべきなのでしょうか。長年、科学技術と社会をつなぐ活動をされている詫摩先生からのヒントやメッセージは私にとって心に残るものが多く、今後コミュニケーターとして活動するにあたって忘れてはいけないお話でした。

(詫摩雅子先生。日本経済新聞社や日経サイエンス編集部を経て、2011年から現職。前職からのライターとしての経験も活かし、未来館の科学コミュニケーターの執筆物のチェックなどもされています。専門分野は生態学や生命科学。丁寧な言葉選びによる詫摩先生の説明やメッセージは心に残るものが多かったです)
新型コロナ:現在進行形の感染症をテーマにするということ

新型コロナの情報を伝えるということは、大きく2つの理由から幾重にも慎重を重ねるべき案件だと詫摩先生はいいます。まず、現在進行形の注目の話題であるということ。科学技術に関する話題で情報のスピードが速いものは、後から見ると間違った情報発信になる可能性などがあるため、安易に手出しすることには危うさを伴います。そして、感染症であるということ。伝え方によっては誰かを傷つけてしまったり、差別につながったりします。

2020年のはじめ、突如現れた新しい感染症や不安を煽るような報道によって人々が今よりも困惑していた状況を踏まえ、詫摩先生は「新型コロナを、不安を和らげるために、ゆっくりまったり楽しく伝えること」を目的とした活動を行っていくことを決めました。未来館で最初に取り組んだのは、休校になって不安を感じていた子ども、そして休校の説明を子どもにする先生や親御さんに向けたパネル制作、データの無償公開でした。すぐに変わりそうな情報は入れず、「感染症との付き合い方」を紹介する内容に重点を置いたものでした。新型コロナ期間中ずっと、そして他の感染症の際にも使えるものを想定したためといいます。

(イラストや文字は不安を和らげるために青色の丸みをおびたフォントです)

反対に、パネルでは毎日飛び交うデマや誤解、疑問を答えることはできまません。そこで2020年4月1日から行った活動が、ニコニコ生放送での情報発信でした。目指したのは、視聴者の不安や疑問を解消する窓口。だれでも自由に感想を書き込み、比較的双方向性の高いオンライン番組にできるというニコニコ生放送の特徴を活かし、土日を除いて毎日、お昼休みくらいの時間に放送するといった工夫をしたそうです。この生放送を続けられた理由として詫摩先生は、協力した専門家との信頼関係がもとから築けていたこと、緊急事態宣言に伴う臨時休館によってこの活動に専念できたこと、そして未来館としての設えのクオリティや完璧さを求めることではなく視聴者の不安を和らげることを一番の目的としてゆるく実行できる形にしたことを挙げました。

(番組の様子。感染症対策の専門家としてニコニコ生放送に参加した国際医療研究センター 客員研究員の堀成美さん(左)と聞き手の科学コミュニケーター(右)。過去の放送内容は未来館ホームページ1)や科学コミュニケーターブログ2)でまとめられています)

新型コロナのような話題を伝える際、詫摩先生は「何をするかより、『何はしない』」という意識を大切にしているそうです。情報発信を続けるにつれて、注目を受けやすい内容や面白い切り口に挑戦したくなりますが、最初に決めた軸をぶらすと思わぬ地雷を踏むことになるからです。そのためには、今回のように「不安を和らげる活動をすると決めたら、それ以外はしない」「科学の内容は扱うけど、経済や政治の話をしない」、といったように「しないこと」に重点を置くことが大切なのです。

ヒト胚へのゲノム編集:知られていない話題をテーマにするということ

続いて紹介されたのは、ヒト胚へのゲノム編集に関して詫摩先生が取り組んだ事例でした。この話題について詫摩先生が設定している究極的な目標は、「異なる意見に敬意を持つ、互いを信頼する」ことです。しかし、新型コロナと異なり、市民にあまり認知されていない話題です。そこで詫摩先生は、「まずは問題の存在を知ってもらう」「考えてもらう」という最初の目標を設定し、その達成のためにトークイベントやワークショップ、雑誌での情報発信などあらゆる機会を活用しているといいます。

(新型コロナとヒト胚へのゲノム編集のテーマが持つ異なる点について。テーマによって目的や目標を設定するのが重要です)

講義では3つの取り組みについてご紹介いただきましたが、ここでは私が特に印象に残った事例についてについて紹介します。詫摩先生は2016年5月29日に日本科学未来館でヒト胚へのゲノム編集技術に関心のある層の専門家や、遺伝子疾患のある当事者向けのトークイベントを実施しました。驚いたのは、ここでは自然科学と社会・倫理学の専門家からの話と共に、この技術に対して異なる意見をお持ちの2人の当事者からも話があったことでした。私が過去に参加したイベントの多くは、ゲノム編集技術を研究している専門家からの話のみを聞くものが多かったので、この技術を将来的に使用したいと思う当事者と使用したいと思わない当事者からの意見も聞くことができる場の貴重さを感じました。特に、必ずしも意見が一致しない中でも、お互いの意見に敬意を持つ当事者の姿勢が素敵でした。実際に当日の参加者は、オープンな議論の大切さや、さまざまな点を考慮する必要性を感じた方が多かったそうです。

詫摩先生が行った取り組みに対して感じたことは直接対話の意義です。当事者からの直接声を聞くことは参加者にとってはもちろん、コミュニケーターにとっても考えを深め、考えるきっかけになります。また、ヒト胚へのゲノム編集技術のように反対意見も強く、思わぬ地雷を踏む可能性があるテーマを扱う際は、直接対話を行うことにどうしても躊躇しがちなもの。しかし、私たちコミュニケーターこそが、まずは参加者を信頼することが大切なのです。

おわりに

科学技術コミュニケーションを行うときは、「その活動で何をしたいのか」すなわち、「なんのためにするのか」を定めて、そこからブレないようにするべきだと詫摩先生は話しました。活動を進めるにつれて新しい切り口や目立つ内容に手を付けたくなったとしても、この最初に定めた目的に立ち戻ってから考える必要があるのです。また、私が感じた今後コミュニケーターとして忘れてはいけない詫摩先生のメッセージは「殴られる覚悟はあるか、殴ってしまう覚悟はあるか」です。「言葉遣いなどでも意図せずに誰かを傷つける、殴ってしまう可能性があります。それをわかったうえで、『それでも、やる価値はあるかを問うてください。』やる価値があると思ったらその覚悟を持って本気でやってください。」―― この詫摩先生の言葉は私の心に強く響きました。最後にご紹介いただいた、「『私って、すごい』は闇落ちへの第一歩です」「周りから認められたいという気持ちが中心になったら、闇落ちです。そういう場合はいったんその活動から離れましょう。」という裏メッセージもとても大切にしていきたいです。

今後、自分がどういうコミュニケーターになりたいか、何を大切にするべきなのかを考えさせられる貴重な時間でした。詫摩先生、ありがとうございました。

リンク

  1. 2020年4月1日〜2020年5月29日までは土日を除いて毎日放送され、その後は状況に応じたスケジュールでの放送となっています。詳細は以下のページをご覧ください。
    ニコニコ生放送「わかんないよね新型コロナ」(日本科学未来館)
  2. 科学コミュニケーターブログ カテゴリ「医療・医学」(日本科学未来館)