選科A 岡田未来(2022年度選科A/社会人)
12月10日の講義は、CoSTEPの修了生でもある坪井 淳子(東京海上ディーアール株式会社 主任研究員)先生にご講義いただきました。坪井先生は現在、新規事業の立ち上げに携わられており、本日の講義では「対話から新しいサービスを生み出す~民間企業での新規事業開発と科学技術コミュニケーション~」というテーマでお話頂きました。
防災への興味のきっかけ
まずは先生のご経歴について紹介がありました。坪井先生は高校時代の地理の授業がきっかけで地形の成り立ちに興味を持ち、大学では地球科学系に進まれ、大学院では地学専攻を修了されました。東日本大震災をきっかけに純粋な地球科学への興味だけでなく、自然災害リスクについて向き合う重要性を実感され、このことが後に科学技術コミュニケーションに関わっていくようになる原体験だったといいます。その後、「防災」を軸に就職活動を進められ、大学院修了後は民間気象会社で防災事業と海外営業を担当されました。
CoSTEPでの学び
成果発表のタイトル:「科学技術の“翻訳”は多様性を活かした集団作業だった!」
選科Bを選択された坪井先生は3日間の編集実習に参加されました。書いたものを他の人に見てもらうピアレビューを通して、自身では分かりやすく書いたつもりであっても、相手に伝わらないもどかしさを体感されたそうです。その原因は、双方がバックグラウンドとしている価値観や考えの違いによるものであることに気が付き、サイエンスライティングは決して孤独な作業ではなく、色んな人の意見や価値観が加わることで、他の人から見てもわかりやすい文章になっていく、そういった集団作業であるということだと実感されました。また、防災の伝え方についても受講前と受講後でご自身の中で変化があったそうです。受講前は、防災関係の提案がなかなか相手に響かない、どこか一方的なコミュニケーションになってしまっていると感じられていましたが、受講後では、自然災害について「どう感じるか」はその人次第であるから、相手のニーズやモチベーションに合わせて「科学的な事実」を伝えなければならないと考えるようになったそうです。
日本科学未来館の科学コミュニケーターとして
坪井先生はCoSTEPを修了後、日本科学未来館の科学コミュニケーターとして3年半勤められました。毎日展示フロアに出て、とにかく自分から来館者に話しかけ、その人の展示のフックを探すことを心掛けておられたそうです。また、放射線リスクを考えるワークショップを作ったときのお話もして下さいました。恐怖心や不安を起点として、『放射線リスクを知りたい』というフェーズではなく、改めて、震災から学んだ教訓としての放射線リスクについて考える段階において、科学コミュニケーターとして後世に何を残すかを考えられたそうです。そこで「リスクを天秤にかける」というワークショップを実施し、科学的リスクは誰に対しても平等にあるが自身の価値観に基づいて、リスクとの向き合い方を身に付ける必要性を伝えられました。
新規事業開発について
日本科学未来館でお仕事をされた後は、自然災害リスク等のリスクコンサルティングを法人向けに行う東京海上ディーアールに入社されました。社内の新規事業創出制度を活用して、「個人向け」の天気リスクの困りごとを解決する新規事業を提案され、現在はサービスのリリースに向けて日々奮闘されています。
新規事業を生み出す流れ
坪井先生によれば事業とは「生産・営利などの一定の目的を持って継続的に、組織・会社・商店などを経営する仕事」という意味だそうです。特に、「目的を持つ」ことと「継続的に行う」ということが坪井先生の考えるポイントであり、「目的」というのはつまり、「顧客の課題解決」で、「継続的に」顧客の課題を解決するためには結果的に営利が必要であると仰っていました。
次に新規事業を生み出す流れについて説明をされました。新しい事業を作る流れは下記の通りです。
- 実在するお客様が誰なのか、課題は何か
- 課題は何かの解決策で解決できるのか
- 解決策は製品として実現できるのか
- 製品が、継続的に事業が行えるくらいに十分に大きな市場に受け入れられるのか
特に重要なフェーズは、最初の「どんなお客様が、どんな課題を持っているのか」を徹底的に知ることだそうです。坪井先生もご自身の事業開発を進めるために、半年間で110人以上にインタビューを行ったそうです。そこで今回の講義で、「顧客を徹底的に理解する」とはどういうことか、を体験するワークを行いました。テーマは「朝ごはん」で、「その人にどんな課題があるのかを探る」ために5分間インタビューを行いました。インタビューのコツとしては、意見や気持ちを聞かないということと、普段どういう行動をしているかを客観的事実として聞くことだそうです。
インタビューした結果をワークシートにまとめていきました。その中で「インサイト」の部分が最も重要だそうです。その人が真に望んでいるものは何かを考えることで、解決策として顧客に提供するものの方向性が決まります。実際には、インタビュー結果をもとに会社として何ができるかのアイデア出しを行うフェーズに移っていきます。「1分間に1個アイデアを出す」ことを8回繰り返す(クレイジー8)といったように自分に負荷をかけて考えると良いアイデアが出てくることがあるそうです。
新規事業と科学技術コミュニケーションの共通点について
市民の「知りたい」というモチベーションと、専門家の「伝えたい」というモチベーションは自然には重なりません。そこでその接点を探し、創り出すのが科学技術コミュニケーターなのではないかと仰っていました。
これを「顧客」と「企業」に当てはめてみると、顧客の「解決してほしい」というモチベーションと、企業の「解決したい」というモチベーションが重なるところに商品やサービスが生まれるのではないか、その重なりを創り出すのが新規事業担当者なのではないかと考えられました。そのように考えると「新規事業を生み出すことは科学技術コミュニケーターの仕事なのではないか」と気付かれたそうです。
科学技術コミュニケーターの活躍の場は様々ですが、民間企業の良いところは、営利目的で事業を行うため、一度サービスを作って終わりではなく、次々に継続して事業を回していけるところであると仰っていました。また、社会の仕組みの一つとして取り込まれるような事業を科学技術コミュニケーターの視点に立って作っていきたいと仰っていました。
まとめ
最後に「あなたが、科学技術コミュニケーションで解決したい課題は何ですか?あなたの課題は、誰が持っているどんな課題ですか?」という問いを投げかけ、講義が締めくくられました。ついつい自分がやりたいことが先行してしまいがちですが、誰がどんな課題を持っているのかをとことん突き詰めて、その課題に対してどのように自分がアプローチできるのかという観点で考えてみることも大事であることを学ぶことができました。坪井先生、貴重なご講義有難うございました。