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モジュール1-1「科学技術コミュニケーションとは何か」(5/14)川本思心先生講義レポート

2023.9.14
「これが私の科学技術コミュニケーションだ!」を見つけよう

大久保香澄(2023年度グラフィックデザイン実習/学生)

1.科学技術コミュニケーションの定義

まず初めにCoSTEPとはどんなところなのか、科学技術コミュニケーションとは一体なんなのか?という説明が川本先生からありました。
CoSTEPは「一般市民」も含めたすべての人々に、職能として、それぞれの仕事で科学技術コミュニケーションを発揮できるような基盤、知識、スキルを広く教える機関です。

(CoSTEPの最初の授業なので、どんなことが話されるのかワクワクしていました。普段授業を受ける教室とはまた雰囲気も違ったため、気を引き締めて授業に臨みました)

では科学技術コミュニケーション、科学コミュニケーターとはなんでしょう?様々な定義があります。ジェネラルな定義、目的を切り口とした定義、コミュニケーションの主体を切り口とした定義。どの切り口も、定義を考えた人や文脈によってかなり違っているのが特徴でした。
科学技術コミュニケーションは、自然科学だけでなく、人文学系の幅広い学術分野を横断しています。そのため、それぞれの専門性を持った科学技術コミュニケーターが協力して仕事をすることが大事だと川本先生はいいます。

(科学技術コミュニケーションをめぐる様々な定義)
2.科学技術コミュニケーションはなぜ生まれたのか?

科学技術コミュニケーションが生まれるに至った歴史が川本先生から語られました。

まず、1985年から96年にかけてイギリスでのBSE問題において科学者と政府の危険性の伝え方の齟齬により引き起こされた「信頼の危機」が、科学技術政策と公衆に関する概念に大きな影響を与えました。これは科学の手法や限界に内在する不確実性と、リスクや経済、価値観を踏まえた社会的な意思決定の難しさから「科学と社会の相互作用によって生じる、専門家や科学的専門知識だけでは解決できない課題」があるという核物理学者ワインベルグが1972年に提唱した「トランスサイエンス」の問題です。

(ワインベルグが1972年に提唱した「トランスサイエンス」)

トランスサイエンスに似た概念として、ラベッツによって「ポストノーマルサイエンス」と言われる概念が提唱されました。このポストノーマルサイエンスとはいわゆるアカデミックな応用科学よりも利害関係が複雑で、体系がより不確実な分野を言い表すものです。例えば、国レベルで大勢が利害関係者となったCOVID-19の対策は、専門家が強制力の強い対策をあげつつも、民主主義国家の社会的手続きの正当性を保つために政治家が間に入って意思決定をしました。

(ラベッツによる「ポストノーマルサイエンス」の概念)
3.研究者や様々な立場の人々とコミュニケーションを重ね惨事を回避した事例

次に、2000年に噴火した有珠山の事例から様々な立場の人々とコミュニケーションを重ねることについて説明がありました。

(2000年に噴火した有珠山について受講生に質問する川本先生)

有珠山の前回の噴火の際(1977年から1978年)には犠牲者が発生しましたが、2000年の有珠山噴火では惨事を回避することができました。なぜこのような減災が可能になったのでしょうか。
科学的には、噴火予測がしやすかったこと、前回の噴火にあった犠牲者の事例から教訓を得たこと、継続的な研究が行われ、研究者や行政、地域住民と関わったことがあります。また、初めは得られなかったハザードマップへの理解が得られた結果、配布が行われていたことがあります。
当初、ハザードマップの配布についてパニックの発生や風評被害への懸念により役所や観光協会から配布への理解が得られませんでした。このことは、理解しない役所や観光協会が悪いという単純な話ではありません。また、対立するのは相手の知識がないからで、科学的知識を注ぎ込むことが解決策という欠如モデルでは、相手には相手の価値観があってそれを踏まえて行動していることへの視点が欠如しています。この欠如モデルは、社会調査や、科学技術コミュニケーションの実践の結果からも否定されています。
そこで、こまめで困難なコミュニケーションを積み重ねながら信頼を作っていくのが大事なのです。

(科学者や行政、マスコミ、地域住民との連携の重要性について、有珠山の火山噴火予知に取り組んでいる岡田弘さん(北大名誉教授)を事例に紹介する川本先生)
4. 日本における科学技術コミュニケーションの状況

日本では2004年に英国のサイエンスカフェの手法が紹介され、2005年に一気に広まりました。NISTEPが出した提言では科学技術コミュニケーターの「なり手」は大学で専門教育を受けている人に限定されていましたが、CoSTEPでは市民も「なり手」になることが必要だと考えています。

筆者はここで「日本の現状の課題の一つに、草の根主体が主だというのがありました。ここで草の根の活動の項目の中で専門性軽視、「従属的な」の主語は市民ですか?それとも科学技術コミュニケーターですか?」という質問をしました。川本先生は「ここで言及した専門性とはサイエンスコミュニケーションの専門性の軽視ということで、主語は、サイエンスコミュニケーターが役に立ってほしいと思っている側です。例えば全部用意された企画で司会をやってほしいと頼むなどがある、また逆に言えば、サイエンスコミュニケーターが自分の専門性を示せてないという自己批判と捉えても良い、コミュニケーションの難しいところは、やり方と結果が直接結びつくわけじゃないというところで、だから正しさも変わってしまいます。サイエンスコミュニケーターが、場をうまく回すだけでなくテーマの選定などもっと根っこのところでの専門性を持っていることをアピールしないと、伝わらないものです」と答えました。

(マイクを持ち質問する筆者)

川本先生からの答えを受けて、サイエンスコミュニケーターの専門性は、その複雑さを意識しながらそれをサイエンスコミュニケーターを場に呼んだ人にわかってもらえるようにアピールすることが大事だとわかりました。

5.授業を終えて

科学の恩恵は、すべての市民が受けられるべきと私は考えています。他者とそれを分かち合うためには自分の中心的興味だけに囚われるだけでなく、専門外と思われるような幅広い知識を持ち、他者と丁寧で長期的なコミュニケーションするのが大事だと思いました。また、民主主義と科学の共存のしかたとして、市民や彼らの活動に伴走する形で科学技術コミュニケーターが必要とされているのだなと思いました。CoSTEPでは市民を科学技術コミュニケーターとして育成することを大事にしていますがそれに賛同します。加えて、私たち科学者もまた市民であり民主主義の主体であることを自分で思い出すことも大事だと思います。

(川本先生を囲んで受講生皆で記念撮影)

これからCoSTEPで学び、実践する1年間が楽しみです。