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モジュール1-1「科学技術コミュニケーション入り口に立つ前に」(5/12)奥本素子先生講義レポート

2024.6.12

那須 友哉 (2024年度グラフィックデザイン実習/学生)

(今年度から新しくCoSTEP部門長となる奥本先生)

モジュール1の1 回目は、教育工学・科学教育をご専門とされている、北海道大学 CoSTEP 部門長/大学院教育推進機構 准教授 奥本素子先生による「科学技術コミュニケーションの入り口に立つ前に」というタイトルで、科学技術コミュニケーションを行うための、動機付けにあたる講義でした。

科学技術コミュニケーションの理解は人それぞれ

奥本先生はまず、「科学技術コミュニケーションとは?」という問いを提示しました。

(「科学技術コミュニケーションとは」というそもそもの問いから始まりました)

教育学では、物事を理解するためには、(1)説明する(2)解釈する(3)応用する(4)パースペクティブを持つ(5)共感する(6)自己認識を持つ、という6 つの側面をクリアする必要があると考えられています。しかし、科学技術コミュニケーションを正しく理解することはそう単純ではないようです。それは、科学自体が多様化しているからです。

科学の複雑化とそれに伴う課題

科学技術は多様化しており、専門家でさえ完全には理解できないものとなってきています。

例えば、福島第一原子力発電所における事故は、770万年に1 回しか起きないと言われていました。しかし、東日本大震災によって、その1 回実際に起きてしまいました。このような科学だけでは解決できない問題の存在は、古くから予測されていて、Trans-Scientific Question 1)と呼ばれています。

現在では、科学者とその他の一般の人たちで、予測できない科学に妥当な結論を見出す『拡張された参加モデル』が、重要視されてきています。

科学技術コミュニケーションに対する市民の参加とそれにまつわる課題

科学の在り方も変化が生じてきています。

かつては、学術的な探求のために知識を生産していましたが、科学者だけではなく一般の人も巻き込んだ、分野横断型の知識生産が主流になっています。さらに近年では、研究の初期段階から、社会貢献を前提とするという考え方も普及し始めています。

このような考え方は、研究開発が社会の形成に強く結びつき始めているために増えつつあります。例えば、自動車は今や日常生活になくてはならない商品です。そのため、フランスのように、排気ガスに税をかけると、流通を生業にする人々は収入が減少し、それにともなって社会全体も停滞します。

これらの事例から、研究が開始される前に、市民を巻き込んだ対話というものが重要視されてきています。そして、上流工程での科学への参加の重要性に関して、市民側もよく理解しています。

2018年の科学技術振興機構の調査2)によると、37.3 %の人が研究開始の前段階で、科学者とその他の一般の人たちによる科学技術に関する対話が重要と答えています。しかしながら、対話に参加するモチベーションが高まるのは、その問題の関心が高まったときや、問題が実際に生じたときです。この問題の根底には、想像力の欠如が隠れています。

科学技術コミュニケーターの求められる役割

これからの科学は専門家と市民が、何度も何度も話し合うことが重要となります。それは単に科学好きコミュニティを広げればいいというものではありません。今日の科学技術コミュニケーションの役割とは、科学好きコミュニティと社会全体との間に、薄いつながりさえあればいい。その中には科学に懐疑的な人も、科学が嫌いだけど将来必要となるからといった、多様な考え方があってもいいんです。

そして、科学技術コミュニケーターは、こうした多様なニーズに早い段階で答える必要があります。そのためにも、単に知識を提供するだけではなく、参加者に想像力を働かせる。それは市民側からだけではなく、科学者側から、科学技術側からなど、多様な立場からです。

考えないで調べろ!

奥本先生は最後のスライドで、『考えないで調べろ』という言葉を受講生に投げつけました。科学は多様で複雑なものになっていて、専門家でさえも分からないものです。そのため、科学者側も間違った認識を持っている可能性があります。

(日々刻々と変わっていく課題は、自分から進んで調べることが重要と説く奥本先生)

『考えないで調べろ』というフレーズの中には、私たち受講生に、言われたことを真摯に受け取るのではなく、常に疑いを持って調べてほしいという、奥本先生の願いが込められているのでしょう。

最後の質疑応答の時間に、『調べても分からないことはどうすればいいですか?』という質問がありました。奥本先生は『だから実践なの。』と答えていました。CoSTEPでは、実践することが最も重要であるとしています。それは科学が多様化していることに加え、科学者側も、社会側も多様な考えがあり、調べることにも限界があるからです。そのため、調べても分からないことは、とりあえず動き、その結果を評価し、自分なりの解釈を持つ必要があります。

今日の科学技術コミュニケーションは非常に多様化しています。そして、求められるコミュニケーターも様々です。そのため、CoSTEPの1年間では、実践を通して、多様化した科学技術コミュニケーションの実態を知り、解釈し、自分なりの結論を出すことが重要であり、それが科学技術コミュニケーターになるための第一歩だと私は思います。

(初めての講義終了後、受講生皆で手でCoSTEPの”C”マークを作って記念撮影。これから1年よろしくお願いします!)

注・参考文献

  1. Alvin M. Weinberg 1972: “Science and Trans-Science”, Science 177. 4045 p.211.
  2. 科学技術振興機構 2018: 『【平成27年度調査報告書】科学技術の社会的期待と懸念に向き合う「対話」「協議」実践上の課題』(2024/6/12最終閲覧).