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モジュール2-1「実践入門:アートを通したサイエンスコミュニケーション」(6/22)朴炫貞先生講義レポート

2024.7.11

今岡 広一(2024年度グラフィックデザイン実習/社会人)

2024年度のCoSTEPではモジュール1の入門を終え、今回からモジュール2の「実践」に入りました。モジュール2では、科学技術コミュニケーションのためのさまざまな表現方法について学びます。モジュール2-1の講師は、CoSTEPのスタッフであり、アーティストとしても活動されている朴炫貞(パク・ヒョンジョン)先生です。朴先生は、博士(造形)の学位をお持ちで、アートに関する教育活動を行うだけでなく、ご自身でも作品を発表されています。今回は、「実践入門:アートを通したサイエンスコミュニケーション」というタイトルで講義を行っていただきました。科学技術コミュニケーションにおける実践とはなんなのでしょうか。アートを通してどのような科学技術コミュニケーションが可能なのでしょうか?

(アートで自己紹介する朴先生)
実践に大事なこと、必要なこと

講義は、朴先生の問い1)から始まりました。
「やってみたい実践はどのような形ですか?」
サイエンスカフェや楽しい説明、盛り上がる対話など、受講生が書いた思い思いの答えを見ながら、朴先生は続けました。

(やってみたい実践について、リアルタイムで多くの回答が集まりました)

「実践で一番大事なことは場やターゲット、目的などに合わせて変わるものです。しかし、どのような場合であっても、その大事なことをより具体的に考える必要があります。」
つまり、ある実践で受講者に楽しんでもらうことが最重要な場合でも、ただ楽しいだけでは不十分であり、どう楽しんでもらうか、何を面白いと感じてもらうかまでより具体的に考えなければいけないということです。

また、実践の要素として、「やりたいこと」・「できること」・「やらなければいけないこと」があると先生は言いました。「これらの要素を全部含んだ実践が望ましいですが、現実にはすべての要素が重なることは難しいです。しかし、この重なりを自分で作り出すことができます。」例えば、自分にはできないがやりたい、そしてやらなければならないことは、できる人の手を借りる。また、やりたいこととできることの中から、やらなければいけないことを見出す。視点を変えることで、誰にとって役に立つのかを改めて考え、社会に対する必要性を見出す。こういったことが、実践には必要であると述べられました。

身近なものを再考する「Ex-formation」

次に、朴先生は一枚の写真を提示され、次のように発問1)されました。
「これが何だかわかりますか?わかった人はニヤニヤしてください。」
画面には、次々と「何か」の写真が映し出されます。規則的な構造を持った何か。大きいのか小さいのか、よくわからない何か。朴先生の話しぶりから、どうやら同一のものを色々な角度・手法で撮っている様子です。

(はじめは抽象的だった写真が、どんどん具体的になっていきます)

新たな写真が増えるにつれ、どんどんニヤニヤする受講生が増えていきました。やがて、ほぼすべての受講生がニヤニヤしだしたころ答えが提示されました。答えは身近にあふれたものであり、わかってみるとなんということはないものでした。写真の撮り方がちょっと変わっているくらいで、どうしてこれがわからなかったのだろうという気持ちに筆者はなりました。朴先生は、この一連の写真を通して「Ex-formation」2)という、知らないということをわからせるコミュニケーション・デザインの手法を紹介してくれました。また、科学技術コミュニケーションを実践するときには、この「Ex-formation」のように伝えたい科学技術のテーマやメッセージを新しくしたり、見せ方を変えてちょっとした違和感を覚えてもらったりすることで、人々にそのテーマを改めて考えてもらうことが大事だとも先生は仰いました。

ちなみに、写真の正解はあえてここには書きませんが、気になる方は、ぜひ来年のCoSTEPを受講をお勧めします!(来年も同じ問題があるかは、朴先生のみぞ知るですが・・・。)

実践に役立つアート作品の紹介

朴先生が、実践に大事だと考えていることは次の3つです。

・「分かる」を揺さぶる体験ができるか
・新たな方法を探るための研究もしくは行動なのか
・お互いの差異を発見できるときもしくは場であるか

先生はこの3つを体感できるようなさまざまなアート作品を紹介してくれました。
初めに、ご紹介いただいたのは、イギリスのテート・モダンの前に大きな氷塊があり、それを人々が触っているという作品です。Olafur EliassonのIce Watch3)という作品です。グリーンランドの氷河から実際の氷塊を運んできて設置し、人々に触ってもらったり、数日で溶けていく様子を体験して貰うというものです。なぜ、作者は莫大なお金を掛けて、このようなことをしたのでしょうか?朴先生は、こう続けられました。
「一週間後にこの氷塊が溶けてなくなる様子を体験した人が考える環境問題と、体験していない人が考える環境問題では、その受け止め方が全然違ってくるのではないか?環境問題をより身近に真剣に考えるきっかけとなるのではないでしょうか。」
筆者は、この説明を聞いて、確かになと思うと同時に説明を受けるまで、この作品が環境問題を訴えていることにはまったく気づいていなかったため衝撃を受けました。改めて、作品を見るとまさに先ほどの「Ex-formetion」の時のように、なぜさっきはこの作品を見て環境問題を訴えているとわからなかったのかというような感覚になりました。

そのほかにも様々なアート作品を紹介いただきました。青い写真か絵のようなものが壁一面に整然と張り付けられている作品、奇麗な建物の前にゴミの塊がドン!ドン!と置かれている作品、作者と向かい合って座るだけの作品、来場者の身長を壁にマーキングする作品、切り倒した木から切り出された円盤が壁にかけてある作品。木の割れ方がまるで時計になっているようです。彫刻を横倒しにした作品、美術館の中にデモの垂れ幕を掲げた作品と言えるのかよくわからないものまで。アートは目に見えるものだけではありません。人々が奇妙な音を発する動画の作品もありました。美術に疎い筆者が一見すると、最初はどの作品もほとんど意味がわからなかったのですが、朴先生の解説を聞くと、すべての作品に伝えたいメッセージがあることがわかり、Ice Watchと同様に最初に受けた印象とはまるで違う印象を感じることができました。

(朴先生が手掛けるアノオンシツ4)プロジェクト)

他者の作品だけではなく、朴先生ご自身が手掛けたアートプロジェクトや作品についてもご紹介いただきました。作者自ら、作品を解説して貰えるという機会はなかなかありません。使用されていなかった温室に新たな価値を生むプロジェクト、アノオンシツ4)、北大の伐採した木を活かした燻製コーヒーや椅子を作るプロジェクト、アノトキ5)。北大の設備や環境を活かした作品が多く、現代アートをより一層、身近なものとして感じることができました。

CoSTEPでの実践

つぎに、CoSTEPでは実際にどうやってアートを通してサイエンスコミュニケーションしてきたかの実践例を紹介いただきました。朴先生が、CoSTEPの実践で意識しているのは、上述した実践の3つの大事なものの一つ、お互いの差異を発見できるとき/場です。ここでいうお互いとは、作品のつくり手とそれを見る鑑賞者(聞き手)の事です。この2つの役割がCoSTEPのワークショップなどでは入れ替わったりすることで色々なコミュニケーションが起きると先生は仰います。

その一例として紹介いただいたのは、機械が風の力でまるで生き物のように歩行する「ストランド・ビースト」6)という作品で有名なテオ・ヤンセンに関するプロジェクトです。このプロジェクトでは、テオを札幌に招いて作品について語ってもらうだけではなく、北大の研究者らのテオの作品に対するインタビューを掲示したり、生命体とは何か、生命観とは何かをテーマにCoSTEP受講生が作品をつくり、テオ本人にプレゼンするワークショップを実施したりしました。そうすることで、作品を深く解釈するだけではなく、様々な科学の切り口から作品を解釈し、お互いが新しい発見を得ることができると朴先生は言います。このプロジェクトのほかにも本当にたくさんのアートを用いた実践例を紹介いただきました。

(つくり手と聞き手が交わるところにCoSTEPの実践があります)
実践に向けて

最後に、朴先生は実践とはある目的を成就する過程の事である。何らかのイベント自体も実践だが、そこに向かって行くこと、その過程で自分自身が学ぶことも実践の一部であると仰いました。そして、この過程で大事なのは、

・誰に届けるかを絞って考える
・具体的にシミュレーションする
・きちんと調べる
・発信には責任をもつ
・オリジナリティを工夫する
・記録/振り返りから学ぶ

だとも仰いました。特に、最後の記録/振り返りから学ぶということについて、企画→本番→振り返り、そして、その振り返りを得て新たな企画をつくる、このループを回し続ける。やり続けることが最も大事だと先生は仰いました。

朴先生からの最後の問いは、「やってみたい実践のイメージは何ですか?」というものでした。自分の思う実践はどういう形なのか、どういうメッセージを伝えたいのか、実践をしながらたまに一歩引いて考えてみる。そうすることで、その実践の中で試したいことはなんだったのか、自分の立ち位置や、関係性を考えていくと、より素晴らしい実践になります。そして、アート作品を含めた他人の実践を見て、調べて、参考にするとなお良いです。と締めくくられました。

(質疑応答の時間、現代アートについて質問する筆者)
おわりに

モジュール2の実践に突入したということで、気持ちが新たになる講義でした。筆者は今まで現代アートについて何もわからず見方があることも知りませんでした。そのため、現代アートは私のような非芸術家には、何をやっているのか、何のためにやっているのかよくわからないものであり、芸術家と呼ばれる人たちだけが感性か何かで分かり合う、自分にはあまり関係のないものだと思っていました。しかし、今回の講義を通し、現代アートには作者が何とかして他者に伝えたいメッセージがあることや、それを理解することは芸術家以外にも可能だが、ある程度の準備や知識が必要であることを学びました。また、他者に何かを考えさせる、体験させる、実感させるということについては、現代アートは他のコミュニケーション手段よりも強い効果があるのではないかと感じました。

また、科学技術コミュニケーションを実践するということについても、まさに現代アートのように深く考えさせられるきっかけを作っていただけた素敵な講義でした。

(最後に朴先生を囲んで集合写真)

注・参考文献

  1. モジュール1-3「博物館・科学館において最先端の科学技術と社会受容をいかに展示するか」(6/1)塩瀬隆之先生講義レポート(2024年6月14日).
  2. 日本デザインセンター:Ex-formation (2015年).
  3. Olafur Eliasson, Ice Watch(2014年).
  4. 朴 炫貞, アノオンシツ.
  5. 朴 炫貞, RITARU COFFEE, アノトキ.
  6. Theo Jansen, Strandbeest.