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不死細胞ヒーラヘンリエッタラックス永遠なる人生

2012.4.14

著者:レベッカ・スクルート著(中里京子訳) 著

出版社:20110600

刊行年月:2011年6月

定価:2800円


現在、世界中の研究室で使われている細胞株「ヒーラ細胞」。それは、動物細胞を使った実験をする人にとって、最もメジャーな研究材料です。ヒーラ細胞を知る人であれば、この細胞株は、ある黒人女性の子宮頚がんの腫瘍から分離されたものだと聞いたことがあるかもしれません。しかし、その持ち主であった女性の名前や、彼女がどんな人生を送ったかを知る人は少ないでしょう。この本は、数奇な運命をたどってきたヒーラ細胞を取り上げたノンフィクションです。

 

 

ヒト由来の細胞株として初めて、1960年に樹立されたヒーラ細胞は、生物学や医療に福音をもたらしました。異常なまでの増殖能力を持ち、不死化したヒーラ細胞。この細胞株が果たした貢献は、ワクチンや新薬の開発、がん研究、遺伝学など幅広い分野にわたります。さらに、性質にばらつきのない、同じ生物試料が普及したことで、それまで困難だった第三者による実験結果の確認が可能になり、「科学」としての生物学を大いに発展させました。

 

 

こうした華々しい貢献の陰で、ヒーラ細胞は負の側面からも生物学のあり方を変えることになります。世界中の研究室で、培養皿の細胞にヒーラ細胞が混入して汚染される事故が起こり、学界を震撼させました。そこで、研究成果の信頼性を担保するために、コンタミネーション(異種汚染)の防止の対策が不可欠になりました。また、ヒーラ細胞とマウス細胞を融合させる研究や、がんの感染の研究のためにヒーラ細胞を注射する人体実験など、人を不安にさせる研究が行われ、研究者に対して倫理が問われるようになりました。

 

 

本書では、ヒーラ細胞が科学に与えた影響と並行して、その持ち主であった黒人女性 ヘンリエッタ・ラックスと彼女の家族の物語が描かれます。少女時代からがんで死亡するまでのヘンリエッタ。そして彼女の亡き後、彼女の家族が送った貧困と人種差別によるどん底の人生。

 

 

ヘンリエッタが死に至る直前、ひそかに子宮頚の腫瘍が摘出され、細胞株が樹立されて、世界中にヒーラ細胞入りの瓶が配布されました。しかし、彼女の家族がヒーラ細胞の存在を知ったのは20年以上も後になってから。ヒーラ細胞が偉大な成果と莫大な利益を生み出す一方で、彼女の家族は貧困ゆえに満足な医療を受けられずにいたのです。

 

 

著者は、ヘンリエッタについての本を書くため、ヘンリエッタの家族にコンタクトします。しかし彼らは、白人たちが彼女の細胞を盗んで金儲けに使ったことに怒りと不信を抱いており、白人である著者が取材しようとしても、当初は激しく拒絶しました。しかし、粘り強くコンタクトを続けるうちに、ヘンリエッタの娘のデボラとの間に信頼が生まれました。デボラも、物心つく前に亡くなっていた母のことを知りたい、そして世に知らしめたいという想いで、著者の想いと共鳴していきます。そして、ついには著者の計らいで、母の細胞との対面を果たすのです。

 

 

この本は、普段からヒーラ細胞を扱っている人、科学史や研究倫理を学びたい人、そして感動的な物語を求める人にお勧めしたいです。

 

 

西村勇人(2011年度CoSTEP選科生 埼玉県)