著者:マルコ・イアコボーニ(塩原通緒 訳) 著
出版社:20090500
刊行年月:2009年5月
定価:1300円
映画の中の悲しい場面を見ていると、まるで自分のことのように悲しみがこみあげてくることがありませんか。楽しそうにしている人を見たとき、なぜだか自分も楽しくなりませんか。日常生活の中で多くの人がこのような経験をしています。では、私たちはなぜ、相手の気持ちがわかるのでしょうか。
人が笑ったり泣いたりといった動作を起こすとき、脳内では、運動をつかさどる領域が活性化されています。この領域は、他人が動いているのを見ただけでも活性化されるのです。このとき活性化しているのが「ミラーニューロン」と呼ばれる細胞たち。ミラーニューロンによって運動をつかさどる領域が活性化すると、それは感情をつかさどる領域の活性化につながります。つまり、ミラーニューロンがあるからこそ、相手の行動を見ただけで、あたかも自分がその行動を行ったかのように、動きと、それに伴う感情を脳内でシミュレーションすることができるのです。この脳の一連の働きによって私たちは、相手を理解することができるのです。
本書は、ミラーニューロン研究の第一人者によって書かれた本です。サルを使った実験で偶然発見されたといういきさつから、実社会での役割、医療への応用まで幅広く紹介しています。
私たちの「成長」にもミラーニューロンが関わっています。脳内での行動シミュレーションは、他人の行動をまねすることに役立つからです。赤ちゃんは、ミラーニューロンの働きによって他人の行動をまね、学習し、知性を育てます。このことは、赤ちゃんに限りません。大人も他人をまねることで学習し、料理やスポーツなど日常的なことから、偉人の生き方を学ぶときまで、幅広く自分を成長させることができるのです。
しかし、ミラーニューロンがあるために発生する問題もあります。暴力映像を見せられた集団と見せられていない集団では、見せた集団で犯罪率などが多くなる傾向にあります。薬物では、一度足を洗ったとしても、他人が薬物を使用する映像を見ることにより、再び薬物へ手を染めてしまうことがあるといいます。
さて、相手を理解するため、または自己の成長に重要なミラーニューロンですが、これが働かないとどうなるのでしょうか。この本では、自閉症という発達障害との関係が紹介されています。自閉症患者は、相手が行っている動きを認知し、まねすることはできますが、ミラーニューロンの障害により感情のうごきまで脳内でシミュレーションできないのです。しかし、相手の行動を認知できることを利用して、自閉症患者自身をまねることにより、相手に意識を向けたり、相手のまねをはじめたりなど、コミュニケーション的行動などの社会的能力が向上するという研究結果が紹介されています。
相手の行動を自分の中でシミュレーションし、相手を理解する。私たちが日常的に行っていることに、ミラーニューロンをはじめとする脳の複雑な機構が関連していることがわかります。人間の社会性について、神経科学から深くきりこんだ本書を読んで、科学の可能性を感じてみませんか。
青井良平(2012年度CoSTEP選科生 北海道)