今回の講義は、東京電気大学未来科学部の助教である寿楽浩太先生による「高レベル放射性廃棄物問題の「難しさ」をめぐって」です。
2011年3月に起きた福島原発事故により、日本の各地でも原子力発電の是非や、放射性廃棄物の管理・処分方法についての議論が活発化してきています。しかし現在まで議論の終着点を見い出せていません。今回の授業では、原子力発電によって生じる高レベル放射線廃棄物(High-Level radioactive Waste:HLW)の問題を考えるにあたり、国内外における原子力発電の歴史的背景、HLWの処理・管理における科学技術の進歩、そしてそれを取り巻く社会についてお話しして頂きました。
高レベル放射性廃棄物(HLW)とは
高レベル放射性廃棄物(HLW)とは、原子力発電所で使用した燃料から、再利用可能なウランやプルトニウムを取り出した後に残される放射能が高い廃液をガラス原料と一緒に固めたものです。青森県六ヶ所村の高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターで約30~50年間貯蔵された後、地下300メートル以深の安定した地層に処分する計画が進められています。
原子力先進国アメリカのHLW処理問題
第二次世界大戦中、原子爆弾開発を目的としたマンハッタン計画が急速に進み、使用済みの核燃料廃棄物の対処方法として海洋底処分や宇宙処分、液体廃液を岩塩層に直接注入する方法が検討されましたが、どれも楽観論が主流でした。しかしその後、核不拡散を目的とする外交・防衛政略と、液体廃棄物処理に関する国内政策の双方の影響を受けて、HLWの処理方針は二転三転します。
最終的には、米国科学アカデミー(1957年)や連邦エネルギー省(1980年)の研究成果によって、地質学的な特性を用いて放射性廃棄物を貯蔵すべきという考えが確立され、ネバタ州のユッカ・マウンテンへの放射性廃棄物処理場の建設計画が決定しました。しかし先住民族や、観光都市であるラスベガスなどに住む富裕層市民の反対などにより計画は中止となり、同意に基づく選定プロセスの重要性が指摘されました。
日本におけるHLWの処理問題
日本でも国際的な流れをうけて1976年の原子力委員会で地層処理が決定し、科学的な見地から政府が処分予定地の選定や、自治体側からの申入れの受理を行ってきました。これまで14市町村で検討がされてきましたが、安全性や風評被害の懸念から地域住民の反対によって、すべての計画は中止されています。この中には、自治体の首長が地域住民の反対意見を押し切って応募し、地元住民との信頼関係が不十分なままで選定を進めていった結果、住民間や国に対する不信感が高まり、最終段階で計画が中止となった自治体もありました。
「トランス・サイエンス」的な問題の極致 科学と社会
上記に示したように、アメリカや日本におけるHLW処分地選定は「困難」に直面しています。HLWの管理や処分問題は、科学だけでは答えることのできない「トランス・サイエンス」的な問題の極致であると考えられるのです。その第一の理由は、放射能の減衰に非常に長い時間を必要とするからです。だれが、いつまで、どのように安全を保障するのか、テロによって使用されないか、放射能漏れは絶対にないのかなど、大きな不確実性をはらんでいます。さらに、処分地選定における社会的・文化的な価値に関わる問題が浮上します。結果的に、社会的な格差を反映し、弱い立場の人の多い土地にHLW処分地が押し付けられる心配はないのでしょうか。
「困難」を越えて
このような数えきれない問題点を考慮するためにも、従来よりも多面的な検討が必要であることは間違いがありません。国際的な動向として、処分方法の選定や処分事業実施の正当性・正統性の論理の議論が進んでいます。議論には、市民が参加し、長い時間をかけて合意を形成していきます。これらのことは、科学技術が一人歩きすることを防ぎ、研究者と市民、それぞれが責任を分担し合うことにつながるのです。
日本の政策にはこのような視点が欠けており、技術的な必要性の強調と、功利主義的な正当化がめだっており、地域住民とのリスクコミュニケーションを通した信頼関係の構築や、さまざまな提案を示すといった柔軟性に欠けていると指摘がされています。
現在、政府は科学的な観点から処分場候補地の選定を行うことを進めていますが、それだけではうまくいかないことは前例が証明しています。日本学術会議から原子力委員会に向けて、そもそもHLWの処分を保留したらどうかという提言が発信されており、処分場候補地の選定の以前に、地層処理の方針にも異議が唱えられているのです。
今井瑞依(2014年度CoSTEP本科/理学院博士3年)