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リサーチライティング実習 成果物:「ひとりがうみだし、まえにすすみ、ひとがうごく」(前編)

2016.2.29

執筆者:道林 千晶(2015年度選科B)/タイトル「ひとりがうみだし、まえにすすみ、ひとがうごく」

本稿は2015年10月30日(金)から11月4日(水)まで東京ミッドタウンにて開催されていた、グッドデザイン賞受賞展を取材し、「グッドデザイン賞と科学技術コミュニケーション」のテーマの下、執筆されました。取材と執筆を担当したのは、選科B受講生の道林千晶さんです。

(2015年度グッドデザイン賞授賞式での杉山さくらさん)

有名企業・有名デザイナーがひしめくグッドデザイン賞大賞候補の中で、受賞展期間中に開設されたキャンペーンサイト「MEETinG」の一般投票による人気ランキングで2位に輝いたサクラカメラスリングをご存知だろうか。この製品は、杉山さくらさんが単独で開発し、商品化していった「個人発」のデザインである。有名デザイナーの作品をしのぐ魅力をもつサクラカメラスリングは、どのように開発されたのだろうか。

「“自分のため”に使える時間が少なくなって、私は何が好きかということまでよくわからなくなってしまった時期だった。」

三児の母、保育士、カメラショップ定員。3つのわらじを履いたからこそ、サクラカメラスリングは誕生した。

保育士と三児の子育て中、ふと「自分のこと」が分からなくなっていることに気づいたという。そんな時「写真は撮った人の内面をありのままに投影できる」ということを友人の写真家である安達ロベルトさんから教えられ、3年前から趣味として写真を撮ることを始めたさくらさん。いつもカメラを持ち歩き、自分の心が動いた瞬間をフィルムに納めていく。多忙な中でも、シャッターを切るほんの一瞬の時間を重ねることで、さくらさんは自分自身を知ることができ、見つめ直す機会が増えた。自分のことをついつい後回しにしがちな生活を続ける中で、敢えて立ち止まり、自分と向き合う時間を取ったからこそ、カメラに出会うことができ、それがやがてサクラカメラスリング誕生につながっていった。

(さくらさんが開発したサクラカメラスリング)

撮りたいと思った瞬間にいつでも撮影できるように一日中カメラを持ち歩くと、たとえコンパクトカメラであってもカメラの重さは負担になる。一眼レフカメラならなおさらである。カメラストラップを使えば多少は緩和されるが、一方でストラップの食い込みが首や肩に集中するという新たな問題が発生する。冬はセーターやコートで守られていた首や肩も、服装が薄くなる夏には特にストラップが食い込み、さくらさんはとても痛かったという。そんな中、乳児期の子育てで毎日愛用していた「ベビースリング」 が重宝したことを思い出す。ベビースリングは、一枚の布の中に子どもを包み込み、その布を身体にかけることで乳児を楽に抱っこできるものである。

(ベビースリング「キュット ミー!」*画像元:JDP

赤ちゃんを抱っこできたのだから、カメラだって楽々持てるはず。首や肩が楽になるまで、一時的にさくらさんは自分のストールを利用してカメラストラップとして使用し始めた。“カメラに布が付いているなんて”と最初は自身でもすぐにやめようと思っていたそうだが、カメラに生地が付いていることがカメラライフには思いの外便利でやめられなくなってしまったという。

「商品化してみたら?」

サクラカメラスリングの形状は万人に受け入れてもらえるものではなかったというが、そんな中その様子を見ていたアルバイト先の代官山 北村写真機店の前店長 須藤達也さん、アートディレクターの菊池美範さんの2名から商品化を提案される。「自分が起業なんて」と戸惑いを感じたものの、写真を撮りながら、「自分が何かできることはないかな」「自分にしかできない、何か世の中の役に立つようなことはないかな」と考え始めていたさくらさんは、商品化を真剣に考えるようになった。

しかし、商品化をするには様々なハードルがあった。まず、布選びだ。ストール生地とておしゃれなものは、既にストールとして販売されている。商品として販売されているものを加工して販売するには、ライセンス料が必要であるため、個人で販売する商品に使うことが難しかったのだ。解決策は、一つの布として成立するものを探すのではなく、複数の布を組み合わせて自分の思ったデザインに成立させるというものだった。

複数の布を組み合わせることは、思いかけず様々なメリットを生み出した。まず、いくつか組み合わせることで、布が切れたときのリスク分散ができる。また、組み合わせる布によって、違った表情も出てくるため、まさしく一点ものというプレミアム感もつく。布の購入先を決め、自分のミシンでサクラカメラスリングを作成し、販売を開始した。

(代官山 北村写真機店で勤務中のさくらさん)

販売を開始してから、積極的に広報をしたわけではない。アルバイト先で販売していたサクラカメラスリングの購入者が他のカメラユーザーに紹介し、「これは良い」と思った人が新たにサクラカメラスリングを購入し、またほかの人に紹介するといったカメラユーザー間の口コミで人気が広がり、今や工場生産化するまでの規模になった。ちなみに、工場生産する前は1年に約600本は作っていたという。その情熱に脱帽である。

サクラカメラスリングの利点

本製品は、カメラを首から掛ける本来の用途だけではなく、他に3つの機能を有している。

(なくしがちなレンズのキャップ等の備品を収納するポケット)

(カメラ本体を包むと、カバンに入れた時に保護することができる)

(カメラの下に座布団のように敷くことで、底面を保護することができる)

 
後編に続く