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モジュール3-3「メディカルクリエイター/サイエンスデザイナーを持続可能な専門職へ」(10/5)永田徳子tokco先生講義レポート

2024.11.12

福島彩夏(2024年度本科ライティング編集/北大生命科学院)

科学技術コミュニケーターとして活動するための「デザイン」を学ぶモジュール3。3回目の講義では、医療および科学分野専門のビジュアルコンテンツ制作会社である株式会社レーマンから永田徳子tokco先生にお越しいただきました。

獣医師の資格を持ちながらメディカルイラストレーターとして長らく活躍されているtokco先生は現在、株式会社レーマンの代表取締役として医療や科学分野のビジュアルコンテンツを制作する専門クリエイターの育成やその社会的地位の向上に奮闘されています。

メディカルイラストレーターとは、病院のパンフレットや医学系の教科書などで使用される医療関連のイラストを専門とするイラストレーターのことを指します。そして表題にある「メディカルクリエイター®」と「サイエンスデザイナー®」とは、医療分野のみならず科学分野の情報を広く取り扱い、イラストレーションの他にもアニメーションや3DCGなどビジュアルコンテンツ全般を制作するクリエイターの職業名です。幅広い分野で高い専門性が求められる彼らの技術やその仕事の素晴らしさを正確に伝えるために、tokco先生が名付けました。本講義では「メディカルクリエイター/サイエンスデザイナーを持続可能な専門職へ」と題して、tokco先生が日本でメディカルクリエイターおよびサイエンスデザイナーを普及させるためにおこなってきた17年間にわたる啓蒙活動についてお話ししていただきました。

tokco先生
科学技術コミュニケーションにおけるビジュアルコンテンツの重要性

モジュール2-4大内田先生のサイエンスイラストレーションに関する講義1)でも言及されていたように、科学技術コミュニケーションにおいてビジュアルコンテンツが果たす役割は多岐に渡ります。例えば、論文をイラストで要約するグラフィカルアブストラクトは、内容の理解を促すだけではなく視覚的に興味を惹くことで読むきっかけとなり得ます。専門書籍にある図解は、長期的に記憶に残りやすくすること以外にも学習意欲の向上が見込めます。その他、ポスターやチラシのデザインによって内容の親しみやすさや分かりやすさが変わってくるように、科学技術コミュニケーションにおけるビジュアルコンテンツは対象や目的によって、異なる効果をもたらします。それらの効果に一貫して言えるのは、ビジュアルコンテンツは立場や分野、言語の異なる人同士のコミュニケーションにおいて橋渡し役として絶大な効果を発揮するということです。

tokco先生が獣医師として医療機器開発センターで働いていた際、医者と医療メーカーの人という立場が異なる人同士や、たとえ専門家である医者同士であっても分野が違っている場合では、専門的な話題だと話が通じないことが多く、文章と映像だけでは限界があったと語ります。そこでtokco先生は専門性の高い分野でこそ、コミュニケーションや学習を円滑にするためにはイラストレーションが非常に効果的であることを痛感し、ビジュアルコンテンツの偉大さを再確認したそうです。

tokco先生の経験からも分かるように、分野や立場が異なる人に難しい内容を分かりやすく伝える際には、ビジュアルコンテンツが特に有効です。したがって、専門的な内容を分かりやすく伝える機会が多い科学技術コミュニケーションにおいてもビジュアルコンテンツの重要性は高いと言えます。

メディカルクリエイター/サイエンスデザイナーの仕事

専門性の高いビジュアルコンテンツを扱うメディカルクリエイターやサイエンスデザイナーですが、具体的にはどのような業務があるのでしょうか。

tokco先生の率いる株式会社レーマンでは、具体的に以下のような業務が扱われています。

専門家のためのビジュアルコンテンツ:

論文や専門書籍の挿絵、図解などを制作し、専門的な内容を一目で理解できるようにデザインする仕事です。重要なポイントを強調し、不要な情報を省略することで、専門家同士のコミュニケーションを円滑にしています。具体的には論文のグラフィカルアブストラクトや医学系専門書にある解剖図などがあります。

一般の人へ伝えるためのビジュアルコンテンツ:

専門的な情報を一般の人に分かりやすく伝えるために、イラストや表を多用し、視覚的にサポートする仕事です。専門用語を減らし親しみやすい表現を用いること、そして読みやすい流れをつくることが重要です。具体的にはホームページのデザインや研究のプレスリリースなどがあります。

一般の人が理解するためのビジュアルコンテンツ:

一般の人が専門的な内容を理解できるように、分かりやすさを追求してデザインする仕事です。模式化された図表や日常会話に近い言葉遣いを用いて、読みやすさにこだわります。また、実用的な側面を考慮してモノクロ対応やDX化を視野に入れた構成なども求められます。具体的には病院で使用される患者説明用資料や院内ポスターなどです。

教育/学習用のビジュアルコンテンツ:

趣味・スポーツ、整体・リハビリ、健康・予防・生活習慣など、さまざまな分野で教育教材や情報資材を制作し、学びを支援する仕事です。デザインの工夫により、記憶の定着や学習意欲を高める効果が期待できます。

メディカルクリエイターやサイエンスデザイナーの仕事は幅広い分野の専門的な内容を分かりやすく伝えることですが、そのなかには専門的な情報を理解し、もっとも効果的に伝える方法を考え、制作するという細かい過程が含まれます。そしてそれらの過程では専門家や技術者など多くの人と連携する必要があります。したがって、専門クリエイターの仕事で共通して求められるものは「あらゆる分野のリサーチ力と理解力」「目的を持った見せ方のノウハウ」「多くのソフトを扱う技術力」「関わる専門家や技術者をまとめるマネジメント力」といえます。ビジュアルコンテンツを制作するために必要なデッサン力や観察力を磨くことはもちろん大切ですが、専門クリエイターのプロとしてより重要なのは、立場が違う人同士の橋渡し役として責任感を持つことだとtokco先生は言います。

ビジネスとしてのメディカルクリエイター/サイエンスデザイナー

ここまでで、科学技術コミュニケーションにおけるビジュアルコンテンツの重要性や必要性は十分に理解できたと思われます。一転、医学や科学分野の専門的なビジュアルコンテンツを制作するクリエイターの仕事をビジネスとして考えてみると、さまざまな問題点が見えてきます。

メディカルクリエイターやサイエンスデザイナーのような専門分野のビジュアルコンテンツを扱う仕事はいまだ国内では認知度が低く、その仕事の重要性や必要性が理解されにくいのが現状です。加えて、商品となるビジュアルコンテンツそのものは人の手によって大切にひとつずつ作られるため、その成果や価値が人の労働力に大きく依存しやすい労働集約型の事業といえます。よって必然的に専門クリエイターはクライアントへも交渉がしづらく、その立場は弱くなりやすくなってしまいます。つまり、専門クリエイターの仕事はニーズがあるはずにもかかわらず、うまくマーケティングがされていない「絶望のビジネス」だとtokco先生は言います。

これからの課題として人材育成もあげられる

それでもtokco先生はこの危機的状況を打開するために、さらには「すべての人に質の高いコンテンツを提供したい」という思いから、それまで勤めていた獣医師を辞めてビジネスとしてまだ成立していなかった専門クリエイターの業界に飛び込みました。

そして、この業界を整備するためにあらゆる業界の人脈広げて試行錯誤を繰り返したtokco先生が15年以上かけて培った技術と経験を基に立ち上げたのが、株式会社レーマンです。

(株)レーマンの事業について

『「わかる」をふやす。「わかる」をつなげる。「わかる」で繋がる世界に。』を理念とする株式会社レーマンは現在、以下の3つの事業から構成されています。

LAIMAN:論文や専門書籍の図解、メディカル3Dモデリングなどといった、2Dから3Dまであらゆるビジュアルコンテンツのオーダーメイド制作をおこなっています。

LAIMAN Stockweb:医療・医学関連のイラスト素材のダウンロード販売をおこなっています。正しく美しいメディカルイラストレーションが4000点以上(2024年時点)収録されています。

MEDITOR:100以上の3DCGモデルを自由に動かしたり色づけたりすることができるWebアプリのサブスクリプションサービスです。目的に合わせたメディカルイメージを自分で制作し、ダウンロードできます。

これらの3つの事業を柱にすることで、医療や科学分野のビジュアルコンテンツを制作する専門クリエイターの仕事をビジネスとして成立させました。というのも、LAIMAN StockwebとEDITORのようなシステムや設備が主となる資本集約型の事業はプロの手をそこまで掛けずに収益を固めることができるため、LAIMANのようなプロの手を掛ける必要がある労働集約型の事業に費やせる人材や仕事量を増やすことができます。

そしてこれに伴い、汎用性の高い素材とオーダーメイドコンテンツとの差がつくられることによって、「プロの仕事」に付加価値がつきました。また、自社の資料やアプリを若手クリエイターの学習やトレーニングに利用することで、クライアントとのコミュニケーションコストや制作時間を削減でき、クリエイターの制作環境が向上しました。そしてなにより、多くの人が学習教材や資料作成の際に質の高いイラストやモデルが使用できるようになることで、世の中の「見る目」が育ち、医療や科学分野全体でコンテンツレベルの向上が見込まれます。このようにして、tokco先生は専門クリエイターの業界を整えながら、社会のビジュアルリテラシーの向上にも貢献しています。

今後の展望

医療や科学分野の専門クリエイターの業界は現在進行形で整備されているため、人材が足りておらず制作に時間がかかり過ぎてしまったり、価格が高価であったり、若手の育成が間に合っていなかったりと、まだまだ課題が残されています。一方、国内外の動向としては、近年サイエンスイラストレーションやデザインの重要性が高まっており、多くの企業や教育機関が専門的なビジュアルコンテンツの必要性を認識し始めています。

tokco先生は、獣道のような17年間を乗り越えてようやく構想していた3つの柱となる事業をすべて実現させましたが、そこで留まることなく今後はより良い環境で専門クリエイターが働けるよう、業界をさらに整えながら事業のスピードアップを目指しているとのことです。進み続けるtokco先生の活動によって、これからメディカルクリエイターとサイエンスデザイナーの需要はますます高まり、社会的な理解も深まるようになるでしょう。

質問する筆者
おわりに

業界に飛び込んでから最初の15年間は専門クリエイターの仕事をビジネスとして成り立たせるために必要な期間であったと、tokco先生はおっしゃっていました。科学技術コミュニケーションにおいて重要なスキルを身につけて磨くことはもちろん大変なことですが、それを職業として成り立たせることの難しさは、計り知れません。そのような経験をtokco先生は明るく朗らかにお話されており、メディカルクリエイターやサイエンスデザイナーの仕事や存在、業界そのものを心から愛して楽しんでいる印象を受けました。

そして今回の講義を通して、自分のスキルを磨くだけではなく、クリエイターの現在と未来のために、延いては社会をよりよくするために日々奮闘されているtokco先生の行動力と責任感に、筆者は脱帽しました。なにより、職業としての科学技術コミュニケーターを志す身として、気が引き締まる思いでした。

最後になりますが、今後もtokco先生の素晴らしいご活躍を応援しています!