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モジュール2-4「サイエンスイラストレーション伝える科学」(7/27)大内田美沙紀先生講義レポート

2024.8.11

横田 香世(2024年度グラフィックデザイン実習/社会人)

科学技術コミュニケーションのためのさまざまな表現方法について学ぶモジュール2。その第4回目の講師は、大内田美沙紀先生です。大内田先生はCoSTEPの教員として、またサイエンスイラストレーターとしても活躍されています。講義では、10年間にわたり様々な分野の科学をイラストで表現してこられた御自身の実践事例を提示しながら、サイエンスイラストレーションの伝える力と留意すべき危険性について解説してくださいました。

(自身のイラストが表紙になった科学誌をいくつか持参された大内田先生)
素粒子物理学の研究者からサイエンスイラストレーターに

大内田先生がサイエンスイラストレターとなられたのは2014年のことです。それまでは素粒子物理学を研究して来られたのですが、2010年に留学したワシントン大学の大学院では、自然人類学に専攻を変え、解剖学に至るまで広く学ばれました。その頃のノートは、理解を助ける図や絵でいっぱいになっています。次第にサイエンスをイラストで表現することの面白さに目覚めた先生は、同大学の夜間に開催されていたサイエンスイラストレーションの専門コースを受講しました。北大の院生がCoSTEPを受講するのとよく似た学び方ですね。

修了後はサイエンスイラストレーターとして、米コーネル大鳥類学研究所、米スミソニアン自然史博物館で鳥や昆虫や魚などを描く経験を積んでいきます。2016年に帰国後、京都大学iPS細胞研究所での勤務を経て、次は教育にも携わろうと2022年から現職に就かれました。

Science Illustrator・「科学専門」イラストレーターとは

あらためて、サイエンスイラストレーターとはどんな職業でしょうか。職場は主に大学や研究所、博物館などですが、出版社やフリーランスとして活動している人もいます。背景知識と資料収集スキルが必要とされる仕事であり、科学者との円滑なコミュニケーションによって、その情報が整合しているかどうかを見極める伎倆も身につけなければなりません。

また、サイエンスイラストレーションと一口に言っても種類は多く、一概に述べることはできません。以前は博物館などで使われるナチュラルサイエンスイラストレーションと呼ばれる緻密な表現の正確性を重視した「形象的(figurative)」なイラストを指していましたが、最近はデータや概要を可視化した「概念的(abstract)」な図や、メタファーとして表現されたものも含めるようになっています。

用途においても、正確な情報を伝える論文用の挿入図から、わかりやすさが求められるプレスリリース、印象を伝えることが目的のカバーアートやPR用のちらしまで多種多様です。それぞれの用途に沿って伝える相手と科学のメッセージを意識し、概念的であるか形象的であるかのバランスを調整してうまく制作することが重要です。

サイエンスイラストレーションができること

では、サイエンスイラストレーションができること、得意とすることを7つ挙げましょう。

  1. 本質を抽出すること
    写真は正確ですが、ノイズ(不要な情報)が多いため要所を把握しにくくなってしまいます。一方、イラストは本質だけを抜き取って意図的に表現できるので、伝えたいことを明確に示すことが可能です。
  2. 復元すること
    現物が存在しないものも、情報をもとに描き出すことができます。
  3. 「らしさ」を摑むこと
    例えば、形態が類似した対象を比較しやすい構図で提示するなど、扱いを工夫することでそれぞれの特徴が捉えやすくなります。
  4. 翻訳すること
    論文の内容等が文字情報だけでは難解な場合、鍵となる部分をイラストで補完することで読者の理解が促されます。
  5. 拡散すること
    イラストは即時性に優れているため、Web記事のトップへの掲載やSNSにも頻繁に利用されています。
  6. 人の注意を向けさせ、惹きつけること
    例えば、学術誌のカバーの魅力的なイラストは研究者のみならず、それ以外の人々の関心を引きます。それをきっかけに内容に興味を持ち始めることが期待できます。
  7. 親しみやすく、とっつきやすいこと
    科学者のキャラクターデザインや作業の手順を示したイラストは、一般の人への訴求力が高いことがわかっています。
(「らしさ」を掴むイラストの例として、ペンギンの比較イラストを紹介されました)
ビジュアルリテラシー(ビジュアル情報を解釈して意味を見出す能力)について

ところで、サイエンスイラストレーションが科学技術コミュニケーションにおいて有効であるのは何故でしょうか。それは、ヒトの脳の構造がビジュアルを解釈するようにできているからなのです。ラスコーの洞窟壁画が示すように、2万年前からヒトはビジュアルで物語を記し、コミュニケーションしていたことがわかっています。日本では11世紀くらいから擬人化した漫画のような表現に親しんでいたことから、ビジュアル表現へのリテラシーが高い国民だといわれています。

感性と理性の関係

さらに、ビジュアルリテラシーについて掘り下げていきましょう。人は何かを見たとき、「かわいい」「きれい」「気持ち悪い」といった直感的な感性がまず働きます。その後に遅れてやって来るのが理性的で思索的な思考です。

例えば、ネコの解剖学について説明したポスターにネコのイラストが前面に出ていた場合、見た人はまずは瞬間的に「かわいい!」「気持ち悪い!」と思い、その後に「猫の肩甲骨は浮いていて筋肉にくっついていない。だから頭が通るところは抜けられるのだ」と、ポスターの具体的な内容に注意が向くのです。つまり、もしネコのイラストがなければ、ネコの解剖学に注意を向ける人は減ってしまうでしょう。アウトリーチなどで興味のない人に関心を持ってもらうには、感性に訴えることが肝要です。

(ネコの解剖学について説明したポスターを紹介された大内田先生。はじめに数秒見た印象を尋ねられました)
サイエンスイラストレーションの危険なところ

サイエンスイラストレーションは利点ばかりではありません。今度は、サイエンスイラストレーションで留意すべきことを6つの側面から考えていきます。

  1. イラストで印象操作ができること
    提示したいものを比喩的に表現したり、擬人化した場合は、特別な意図はなくても、印象の強いイラストになる危険があります。感性に訴える力が強いだけに注意を払うことが大切です。
  2. 誤ったまま拡散している可能性があること
    特にネット情報には、専門でないと気がつかないような誤った内容が表示されることがよくあります。画像検索は一般的な認知状況の確認には便利な方法ですが、画像が格好いいからと安易に使うことは避けなければなりません。
  3. スタイルの見極めが難しいこと
    情報を伝える対象や目的、内容によって適切なスタイルを選択しなければなりません。例えば患者に手術方法を伝える場合、「優しい描写」は簡略化されるため概念的で非現実的な表現となり、「リアルな描写」は正確性が担保されるけれども現実的な描写が患者に恐怖感を抱かせてしまいます。そのバランスを取るには、制作過程で複数の意見を取り入れることが必須です。
  4. ステレオタイプの押し付けの可能性があること
    配慮していても、無意識に自分のステレオタイプで描いてしまうおそれがあることは否めません。
  5. イラストレーター側の解釈違いが起きること
    描く側の思い込みによって解釈を誤る場合があります。誤りに早く気づくためにも関係者への確認を怠らないことが肝要です。
  6. 将来、イラストが更新される可能性があること
    科学は日進月歩です。ゆえに描いているのは現時点での最も確からしい内容であって、今後新たな発見によってそれまでの見方や解釈が変わっていく可能性があります。勿論、見る側にも同様の理解が大事です。

こういったサイエンスイラストレーションの危険を回避するには、作る側は専門家への確認を怠らないこと、そして自分の表現に絶対の自信をもたないことが重要です。見る側も鵜呑みにしないよう心がけることが求められています。

生成AIとの向き合い方

サイエンスイラストレーションの特長と留意点が明確になったところで、先生はさらに今日的な問題やイラスト制作についても明示してくださいました。

まず、生成AIの問題です。モジュール2−2早岡英介先生の講義1)でも言及されていたとおり、生成AIの社会への浸透には目覚ましいものがあります。命令文(プロンプト)を工夫すれば抽象度が高いものであればできるでしょうし、実際に昨年、生成AIを使ってチラシを作成しました。とはいえ、生成AIの危険性には充分留意しなければなりません。プライバシーの侵害、詐欺行為、著作権の問題など判断が難しいケースも多く発生しています。

現段階では、復元画や正確性が問われるサイエンスイラストレーションは、まだ生成AIだけではつくることはできないと判断されます。先生は「イメージの壁打ち」と名付けて、沢山のアイディアを出すのに生成AIを活用されています。

(生成AIを使った「イメージの壁打ち」)<イラスト:大内田美沙紀>
サイエンスイラストレーションはどうやって手に入れる?

サイエンスイラストレーションが必要になったとき、どうすればいいでしょう。手に入れるには「自分でゼロから全て作る」「自分で描写ツールを活用して作る」「プロに依頼する」の3通りあり、それぞれメリットとデメリットがあります。

プロに依頼すれば、クオリティの高いものが期待できます。しかし、依頼する上でのコミュニケーションや描き手側のリサーチに時間を要し、当然費用もかかります。自分で描写ツールを活用して作る場合は、Webサイトにライフサイエンス分野向けのイラストツールが豊富にあるので、ある程度のものが短時間でできようになりました。但し、テンプレートにとらわれて伝えたい本質との齟齬や詰めの甘さが生じることや、費用がかかるときもあります。

それぞれ一長一短あるものの、今後はオンライン学習や動画配信サービスによってイラスト制作のコツも簡単に学べるため,「自分で描写ツールを活用して作る」ことが主流になるだろうと先生は予想されていました。

以上が講義の概要です。なお、サイエンスイラストレーターとして活躍されてきた大内田先生の経験に裏付けされたイラストの伝える力について、『サイエンスイラストで「伝わる」科学』2)の連載にてまとめられておりますので参考にしてください。

おわりに

私は講義を聴きながら、数日前に「高山寺展」(於:北海道立近代美術館)3)で見た南方熊楠が土宜法龍に宛てた書簡を思い浮かべていました。そこに描かれていた絵や図には、確かに「惹きつけて放さない」力がありました。私には難解すぎることは明白なのに立ち去りがたく、見入ってしまったのです。

講義後の質疑応答で、自分の専門分野以外の依頼にどう対応するのかと問われた先生は「科学はバックグラウンドが同じなので論文は読めます。時には当該の研究者からプレゼンをしてもらい関連論文をさらに読み込むことでイラストをつくっていきます」と答えておられました。

大内田先生が内容理解に努力を重ねて描いたサイエンスイラストレーションも、熊楠が自己の思想を表現するために考え抜いた絵や図も、本質を抽出するための産みの苦しみを経ているからこそ「伝える」ことができるのだと思いました。但し、受け手の努力なしでは伝わってはきません。先生の講義から、漫然と眺めているだけでは勿体ないものが世の中に溢れていることを痛感しています。

また、先生が挙げてくださった具体的な事例からも、私たちは多くの示唆を得ることができました。情報を入手しやすい世の中となりましたが、易きに流れないように心したいと思います。

(最後にIllustrationの”I”マークで集合写真)