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ビール科学

2010.6.29

著者:渡 淳二 監修 サッポロビール価値創造フロンティア研究所編 著

出版社:20090300

刊行年月:2009年3月

定価:987円


 いかにもおいしそうなビールグラスの写真と、「もっとビールを楽しむための知っておきたいストーリー」のコピー。カバーにひかれ手にした一冊である。

 

 

 でも内容はそれ以上に魅力的である。ビール醸造技術者としてのビールに対する知識の豊富さと愛情が伝わってくる。「生ビール」と「ラガービール」の違いなどの豆知識も豊富だが、何よりおいしさを解き明かす最新の科学の話がおもしろい。

 

 

 醸造についてみれば、原料、仕込みから出荷まで、おいしいビールを造るために、いま何がわかっていて、何がわかっていないのかを、この本は教えてくれる。酵母は、少ない酸素のなかで生きるために必死にアルコールを作る。その力を最大限に引き出し、使いこなすことが、ビール造りの真髄なのである。

 

 

 では、ビールがビールたるゆえんとは何だろう。喉の渇きを癒す、爽快感を与える、次の一杯もおいしくごくごく飲める、著者はこの3つをあげる。これがいわゆる「コクとキレ」で、多くの成分が関わって形作られるという。たとえば、コクの主成分は麦芽であり、キレとのバランスは発酵によって決まる。 「コク・キレ」センサーでおいしさが数値化されたという話も興味深い。

 

 

 ビールでは「喉ごし」も重要な要素である。これは、コクやキレと違い、かなり主観的なものだという。喉にある神経がビールや炭酸ガスで刺激され、脳で快感を感じるらしい。

 

 

 さらに喉ごしと似た言葉に、もっと飲みたいという心理面も含めた「ドリンカビリティー」がある。おいしさと心理との関係は、国際シンポジウムも開かれるほど、今ホットな研究分野なのだという。

 

 

 なぜビールの泡は消えないのだろう、シャンパンやサイダーではすぐに消えてしまうのに。そんな疑問を持ったことはないだろうか。答は、ホップが泡を支えているから。ホップはビールの味だけでなく、泡のためにも大切な役割を果たしている。ことろが、ビール製造に不可欠な酵母は、鮮度が下がると、泡持ちを悪くする要因の一つになるという。ビールのもつ繊細さが、最新の科学で裏付けられたということだろう。

 

 

 酵母の鮮度を保つ作業は、これまで経験だけを頼りにしてきた。原料の大麦も醸造に適した品種を作り出すのに、試行錯誤を繰り返して、20年近くかかったという。このように生物を育てるのは、実に手間と時間がかかるものだ。

 

 

 しかし現在では、大麦と酵母の遺伝子配列が全てわかり、その遺伝子情報を使って、大麦の育種や酵母の管理が行われるようになった。分子生物学の研究成果が、おいしいビール造りに生かされているのである。

 

 

 ビール醸造は全て生き物相手、だから「アート」なのだ。そして、それら生き物を科学的な根拠に基づいてコントロールしている今は、ビール造りが 「アート・アンド・クラフト」から「アート・アンド・サイエンス」になった時代だと著者はいう。

 

 

 サイエンスは、今後ますますおいしさを解き明かし、日本のビールを進化させていくことだろう。これからのビール醸造について示唆に富んだ一冊である。

 

 

池田順子(2009年度CoSTEP選科生,札幌市)