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進化から見た病気 「ダーウィン医学」のすすめ

2010.6.29

著者:栃内 新 著

出版社:20090100

刊行年月:2009年1月

定価:820円


 「ダーウィン医学」という言葉をご存知だろうか。

 

 

 これまでの医学はもっぱら無病息災だけが望ましいという前提に立って、病気が引き起こす厄介な症状をいかに早く緩和するか、原因を取り除くか、ということに関心をよせてきた。これに対し「ダーウィン医学」は、病気について異なる見方を取る。病気の症状が示す体の変化を解明し、そうした変化がヒトの進化にとって有利な意味を持っていることに着目する。すると、これまでの常識が鮮やかに覆されていくのだ。

 

 

 たとえば風邪をひいて熱が出ると、解熱剤を処方して熱を下げる。これが、医学の常道だった。

 

 

 しかしダーウィン医学では次のように考える。風邪の症状を引き起こすウイルスは高い温度に弱い。だから身体が発熱すればウイルスの増殖が抑えられる。またウイルスが身体から取り除かれるためには、リンパ球などの免疫細胞が働く必要がある。そうした免疫細胞の働きも、体温が高いほうが速やかに進む。だとすると、解熱剤を用いて熱を下げることは、ウイルスの味方をしているようなものではないか。ダーウィン医学は、病気になって出る症状が、身体にとって大事な意味のある変化だと教えてくれる。

 

 

 進化という光を当てて病気を見る視点も興味深い。500万年ぐらい歴史をさかのぼると、ヒトとチンパンジーは同じ祖先に行き着く。そこからヒトは、四足歩行から完全な二足歩行をするように進化した。

 

 

 二足歩行によってヒトは、器用に使える手を獲得し、文明を築いた。しかし同時にヒトは、3つの苦しみを背負うことになったという。腰痛と内臓下垂そして難産である。

 

 

 四足歩行では水平に寝ていた背骨が、二足歩行になって立ちあがる。その結果、上半身の重みを腰骨が支えるようになった。このため腰痛と内臓下垂を避けがたい体型になってしまった。さらに、下がってくる内臓を支えるために骨盤が発達する。しかし骨盤が発達すると産道が狭くなり、こんどは難産という問題が生じる。

 

 

 さらに著者は続ける。難産を乗り越え、安全な出産の確率を増やすために進化した性質の一つが「つわり(悪阻)」だというのだ。つわりは、妊婦が妊娠初期に特定の食べ物やにおいに対して吐き気を感じる症状である。一時的なもので、自然に解消されてしまうため、医師も重要視してくれない。

 

 

 しかし、つわりの効用についてアメリカのダーウイン医学の研究者が次のようなデータを示している。強いつわりを経験した妊婦は、つわりをほとんど、あるいはまったく経験しなかった妊婦に比べ、流産の確率が約半分だというのだ。

 

 

 じつは、つわりを引き起こす食物の中には、胎児の奇形の原因となる可能性をもった物質が多く含まれている。つわりがひどい期間は、胎児に奇形が発生しやすい妊娠三ヶ月ごろと重なる。これらのことから、つわりが妊婦を、奇形を引き起こす原因物質から遠ざけてくれているともいえよう。難産を強いられる替わりにリスクをできるだけ減らしておきたい、そのためにつわりという症状が効果的に働いている。ダーウィン医学は、こう考えるのだ。

 

 

 こうしてみると、世代を重ね、非常に長い時間をかけ獲得した身体の利点を、生活環境を急変させてしまった文明社会では負の遺産であるかのように捉えていることに気づく。そして、私たちヒトも進化という試行錯誤の末裔で、未だ不完全な生物のひとつであり、そこそこ数百万年の人類の歴史で急に都合よく身体の仕組みを変えることなどできないとわかる。すると、風邪の症状も腰痛もつわりも、ジタバタせずにおとなしく受け入れてみようという気になる。この本は、病気や老化に納得するための"読む薬"としても有効だ。

 

 

中村景子(2005年度CoSTEP本科生,札幌市)