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プリオン説はほんとうか? タンパク質病原体説をめぐるミステリー

2010.6.29

著者:福岡伸一 著

出版社:20051100

刊行年月:2005年11月

定価:945円


 「ノーベル賞を受賞した研究でも,実は間違っていることがある」と聞いたら,世の中の人々はどう思うだろうか。多くの人は,そのようなことがあるとは想像もしないだろう。ノーベル賞といえば科学者の最高の栄誉であり,その対象となる研究成果はもはや完全に実証された揺るぎのないものであると誰もが考える。しかし,実際にはノーベル賞を受賞した研究が後で否定されたり,受賞後も議論の対象となったりしている例もあるのだ。本書で取り上げられているプリオン説も,ノーベル賞の対象となりながらも今なお賛否両論の議論が続いている学説のひとつである。

 

 

 プリオン説とは,異常型プリオンというタンパク質が病原体となって,狂牛病やヤコブ病といった「スポンジ状脳症」とよばれる病気を引き起こすという説である。細菌やウイルスではなくタンパク質が病原体であるという全く新しい説だったことから,世間の注目を集めた。この説を提唱したアメリカのスタンリー・プルシナーは,1997年にノーベル医学・生理学賞を受賞している。

 

 

 本書は,プリオン説をもう一度客観的に見直し,果たして本当に正しいといえる理論なのかどうかを検証するという立場で書かれている。検証の対象は,プルシナーの研究手法からデータの解釈,研究結果の示し方にまで及ぶ。その検証の過程で,ノーベル賞まで受賞したプリオン説にも,実は様々な弱点があることが明らかにされていく。異常型プリオンが病原体であることを疑わせるデータが,確かに存在するのだ。そして最後には,スポンジ状脳症が異常型プリオンによるものではなく未知のウイルスによるものであると考えたとしても,それまでのデータは説明可能であるという結論に到達する。

 

 

 しかし,現状では反プリオン説は学界の主流とはなっておらず,依然としてプリオン説が優勢である。プリオン説を否定するデータはまだ多くはなく,その一方で支持するデータは続々と積み上げられている。

 

 

 科学の世界では,通説を否定する主張は学術論文の形でなされるべきである。十分な根拠に基づく結論なしに,本書のような書籍として仮説を発表することは,科学の成果を公表する一般的な手続きとは異なっている。筆者自身,そのことは認識しているようだ。しかし,たとえ反論のための十分なデータが得られていない状況であっても,本書のような指摘と仮説を示す書籍が存在することには意義がある。科学の理論とは必ずしも確立されたものばかりではなく検証により常に変化しうるものであり,それこそが科学の発展であるということを示すことになるからだ。

 

 

高田知哉(2007年度CoSTEP選科生,旭川市)