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「頭のよさ」 遺伝子で決まる!?

2010.6.29

著者:石浦章一 著

出版社:20070800

刊行年月:2007年8月

定価:756円


 学生の頃,テストや模擬試験で悪い結果を手にしたとき,できる人を恨めしそうに見ながら「ああ,私ももっと頭がよかったらなあ」と思わず呟いたものだ。

 

 

 ただ,自分の非に心当たりがなかったわけではない。例えば,勉強の計画を立てても実行しない,集中力がなくて不注意なミスを犯す,疑問をわからないまま放っておく・・・等々だ。しかし,「どう頑張っても手の届かないところ」があると感じたのも事実である。努力では埋められないと感じたその差は,生まれ持った「頭のよさ」の違いによるものだったのだろうか?

 

 

 こうした問いに著者は「環境の影響が大きい」とまずは答える。とはいえ,「頭のよさ」の要素と考えられるものの幾つか,たとえば記憶力や集中力,コミュニケーション力などが遺伝子と関わりを持っているのも事実である。本書では,最初に「頭のよさ」を決める要素 ―― 能力に限らず性格も含めて ―― が何かを考察した上で,それらの幾つかと遺伝子との関係を紹介していく。

 

 

 では「頭のよさ」の象徴的要素ともいえる「記憶力」は遺伝によるものなのだろうか。実は,記憶と遺伝との関係はほとんどわかっていないという。けれども,脳内の情報伝達に係わる遺伝子に操作を施したところ,記憶力の非常に悪いマウスや,逆に通常のマウスと比べて2倍もの記憶力を持つマウスを作ることができたという研究報告がある。このことから,人間の記憶力も遺伝子と関連があるかもしれないということが容易に想像できよう。  その一方で,遺伝子操作によって作られた記憶力の非常に悪いマウス2匹をそれぞれ異なる環境で育てたところ,2ヵ月後に行った記憶実験では顕著な差が見られたという報告もある。これは,記憶力が環境次第で変化するということを示唆する。

 

 

 また,能力ではないが,環境によって脳が物理的に変化するということもわかっている。例えば,禁煙するとニコチンに反応する脳の部分のサイズが小さくなるという。タバコを吸わないという「環境」が,遺伝子のスイッチのオン・オフを切り替え,脳の再編成が起きる。その結果,喫煙者の脳に特有の,タバコを吸って快楽を感じるというシステムが働きにくくなるのだ。この再編成に要する時間は1ヶ月程度という。喫煙は肺がんの最も大きな要因と考えられており,そのリスクを非喫煙者並に戻すには禁煙後10年以上の歳月が必要だと言われている。それに対し,脳はわずか1ヶ月で非喫煙者と同じ状態に戻すことができるのである。どうやら,脳は意外に柔軟なようだ。

 

 

 そして著者は,記憶力だけでなく「頭のよさ」の要素と考えられる集中力,創造力,性差,コミュニケーション能力などについて検討し,これらの能力もまた,遺伝的要因・環境的要因のいずれかだけで決まるわけではないことを示す。さらに,脳は学習する存在であるから,反復練習を重ねれば誰もが「頭のいい人」のように脳を効率的に働かせることができるようになるとも言う。

 

 

 脳については未知のことが多い。そして,「頭のよさ」を決める要素は複雑で多様である。それでも現時点での研究結果から,著者は次のように断言する。遺伝子のオン・オフを上手に切り替えるのは環境と学習であり,それを認識することが「頭のいい人」の第一歩である,と。

 

 

 つまり,私が「努力では埋められない」と感じたあの差も,本当は「環境」と「学習」によって埋めることができたということだ。

 

 

甲野佳子(2007年度CoSTEP選科生,苫小牧市)