著者:アンドレ・アンドニアン、川西 剛史、山田 唯人
出版社:日本経済新聞出版
刊行年月日:2020/8/22
定価:2,200円(税込)
本書は世界的なコンサル会社・マッキンゼーが提案する、日本農業改革の戦略書です。
著者であるアンドレ・アンドニアンはマッキンゼー日本支社長であり、およそ30年にわたり戦略やオペレーション・組織に関するコンサルティングを世界中の企業に提供してきました。また執筆の代表を務めた1人、川西は農業・化学業界において戦略立案及び組織設計・人材育成に従事しています。もう1人の代表である山田は、現在サステナビリティ研究所グループのアジア・リーダーを務め、主に資源分野(食料・農業・水・ケミカル分野)の課題に取り組んでいます。2人とも農業分野の戦略立案における屈指の実力者だといえます。
そんな彼らが代表となって執筆した本書は、「グローバルの視点」と「他業界の視点」という2つの視点でデータを用いて考察されています。日本農業をこの2つの視点から考えた本は今までなかったのではないでしょうか。
データと知見を駆使した提案により、今まで農業に興味・関心がなかった多くのビジネスパーソン、そして消費者の間で議論が湧き上がり、日本農業のさらなる発展につなげる。これが本書の挑戦です。
データと知見に裏打ちされた考察
本書では一貫して、データと知見に裏打ちされた考察を行っています。データは客観的に現状を知ることができる有効なツールです。そして何より、データの種類が多岐にわたることが本書の最大の特徴です。世界規模の貿易、環境問題、食環境の変化をデータで追い、考察していくことはなかなかできることではありません。コンサルティング会社としてのデータ収集、解析力が遺憾無く発揮されていると言えるでしょう。
本書第1章では、8つのメガトレンドについて説明されています。そのうちの1つ、食習慣・食生活の変化では例として砂糖が挙げられています。
著者らによれば、 現在健康意識が砂糖の輸出入に大きく影響しているそうです。「過去十二ヶ月の食習慣の変化」という二〇一七年のマッキンゼーの調査によれば、米国平均で「健康的な食生活を心がけている」との回答が増え、健康意識が高まっていることがわかります。そのため異性化糖の過剰摂取が体に及ぼす害にも敏感になり、消費量が減少したと考えられるのです。
また、たばこは健康被害が宣伝され、国や州による法規制や課税制度が導入され、1975年から2015年の間に消費量が74%減少しました。現在米国の地方政府の多くは砂糖入り飲料に関する法規制や課税制度を導入、あるいはその準備に入っています。そのため、砂糖も異性化糖やたばこと同じく、消費量が減少していくと考えられるといいます。さらに、別のデータでは主要な国のうち、アフリカの一部の国を除いて多くの国が2300kcal(平均推奨摂取kcal)よりも多くのカロリーを取っています。そのため、やはり多くの国で肥満が問題視されていることが考察できます。
こうした背景から、もし肥満が世界最大の健康問題になった場合、砂糖輸出のプロフィットプール(市場規模を利益で表したもの)は64億米ドル減少し、それによって砂糖生産にコストがかかるオーストラリア、ブラジル、インドなどは、たとえ砂糖を作っても売れなくなる状態になることが予想されると著者らは結論付けます。
食習慣・食生活の変化以外にも、技術革新や政策・規則の変更など、メガトレンドは世界中の食糧生産に影響を与える可能性があります。だからこそグローバルな視点でデータを集め、考察する著者らの取り組みは、非常に価値があります。
また、消費者のニーズは「食べる」から「体験する」に変化しているそうです。そのため新しいニーズに答えるべく、他業界の参入が活発化しているといいます。例えば、自動車事業で有名なトヨタ自動車は「豊作計画」という農業ITツールを開発しています。また、携帯会社大手として有名なソフトバンクも農地のマッチング、栽培管理などでサービスを提供しています。
こうした農業領域への他業界の参入を知ることができるところも、本書の強みとなっています。
データの時代
デル テクノロジーズが2020年に発表した「Global Data Protection Index 2020 Snapshot」調査の結果によると、現在企業が管理しているデータ量は13.53PB(ペタバイト)で、2016年調査時の1.45PBから831%増となっているそうです。某通信販売でも、誰がいつどんなHomepageを見て何を買ったかがデータとして集積され、データを元により購入してもらえそうな商品が広告に提示されています。
現在、データは私たちの生活に溶け込んでおり、データを使用することのメリット・デメリットを考えることなく、当たり前のものとして受け入れられています。今流行りのDXやAIなどもデータがなくては成り立ちません。
世はまさしく、データの時代です。
データに潜む危険
しかし、実はデータばかりみることには危険も潜んでいると私は考えています。
データは私たちの世界をある角度から一元的に切り取り、それ以外の要素を捨て去っているからです。データを取る際、そこには必ず意図があり、それ以外の要素は反映されていない可能性があることを常に考えなければなりません。
例えば、砂糖に関しても、確かにアメリカでは砂糖摂取量は減少傾向にありますが、アフリカ、アジアでは人口増加と所得向上により、砂糖の消費量が増加し続けています。世界的に見れば、1998年から砂糖消費量は程度の差はあれ増加し続けています。大手コンサルタント会社であるインフォーマ社主催のアフリカ砂糖年次大会における報告によると、これからは1.4%の割合で増加し続け、2030年には1億9600万トンに達すると予測されているのです。
さらに、人工甘味料などはその安全性が担保されておらず、健康的とは言えないにも関わらず、世界的に消費量が増加しています。健康意識の高まりから砂糖及び異性化糖の消費量が減少したと本書で考察されたアメリカですら、人工甘味料の消費量は増加の一歩を辿っているのです。
現代はデータの時代です。データを用いれば、客観的に物事を考えることができます。さまざまな企業がデータを駆使しています。実際科学も結果というデータを集めることによって進んできました。しかし、どんな手法にもメリットとデメリットがあり、データを用いるという手法もその例外ではないということに留意すべきです。
本書はデータから考察して、日本の農と食を考えています。日本の農業をこれほど大掛かりに分析・考察した、本はこれまでなかったのでしょうか。その意味で非常に有用な一冊です。ただ、データを根拠にすることによる隠れたリスクがあることに留意して、本書からのデータと知見と戦略を受け取って欲しいと思います。
関連図書
- 『史上最強カラー図鑑 最新 世界の農業と食料問題のすべてがわかる本』八木 宏(ナツメ社 、2013)
こちらは10年前に出された本なのですが、図や画像がカラーで載っています。非常にきれいでわかりやすいのでお勧めします。
- Food Matters: Food Security and the Future of Food, Paul Teng & Manda Foo(Write Editions, 2018)
もっと世界の食問題を知りたいという方にお勧めします。英文ですが、それほど難しい文章はありません。
増田理乃(CoSTEP18期本科ライティング・編集実習)