SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト展覧会「永田康祐『風を掘る』」の関連イベントとして、アーティスト×研究者トークが開催されました。当日は、CoSTEPの奥本素子さんがファシリテーターを務め、招聘アーティストの永田康祐さんと、北海道大学大学院文学研究院准教授の寺林暁良さんが登壇しました。冒頭では、奥本さんから本プロジェクトの概要と今回のテーマについて紹介がありました。本プロジェクトは、アートとサイエンスの協働を通じて、北海道や社会が抱える課題について新たな視点から考えることを目指しています。SCARTSはCoSTEPが提示するテーマをもとにアーティストを選定し、CoSTEPは北海道大学の研究者や研究フィールドを提供することで、アーティストと研究者がともに探究する場をつくっています。
今回のテーマである「リジェネラティブ」とは、単に環境への負荷を減らすだけではなく、自然や地域との関係性そのものを再生していくという考え方です。再生可能エネルギーをはじめ、農業や水産業など、さまざまな分野で持続可能な社会のあり方が模索されています。
本トークでは、永田さんが取り組んだリサーチを中心に、その過程で出会った北海道大学の寺林さんとともに「リジェネラティブ」や「再生可能エネルギー」をめぐる社会課題、研究の視点、そしてアーティストがフィールドで得た気づきについて語りました。

エネルギーをめぐる問いを共有する ーアーティストと研究者の対話
永田さんは、これまで映像やインスタレーションを通して、私たちが世界をどのように認識し、どのような前提のもとで社会を構築しているのかを問い直す作品を制作しています。今回のプロジェクトでは、「リジェネラティブ」を起点に北海道各地を訪れ、農業やエネルギー、地域社会についてリサーチを行いました。さまざまな人々や研究者との対話を通して、現在の社会の仕組みや価値観を別の視点から捉える可能性を探ったといいます。その中で、再生可能エネルギーが地域でどのように導入され、どのような課題や可能性を抱えているのかを探るなかで、CoSTEPを通じて出会ったのが、環境社会学を専門とする寺林さんでした。寺林さんの著作や研究に触れた永田さんは、その視点に強く関心を持ち、作品制作に向けたリサーチの一環としてインタビューを行いました。
今回の展覧会では、リサーチをもとにしたドキュメンタリー・ビデオエッセイ《風を掘るⅠ》と、AIとの対話に伴うエネルギー消費を、ダクトファンから吹き出す風として体感できるインスタレーション《電子の精錬所》を発表しました。
そして、寺林さんは、環境社会学を専門とし、環境問題を人と社会の関係性から研究しています。水俣病を例に挙げながら、環境社会学では環境被害を受ける「受苦圏」と、利益を受ける「受益圏」が分かれてしまう社会的な不正義を重要な課題として捉えていると説明しました。
その視点は、現在の再生可能エネルギー開発にも通じるといいます。北海道では風力発電や太陽光発電の導入が進む一方で、事業の利益の多くが道外や海外へ流れ、地域には騒音や景観への影響などの負担だけが残るケースもあります。脱炭素社会の実現には再生可能エネルギーは欠かせませんが、誰が利益を受け、誰が負担を担うのかという視点から、そのあり方を考えることの重要性が語られました。
また、もともと農地や採草地など自然資源と人との関わりを研究されており、福島第一原子力発電所事故を契機に、再生可能エネルギーのあり方へと研究対象を広げていきます。ヨーロッパでは、市民や地域が主体となってエネルギー事業を運営し、その利益を福祉やまちづくりへ還元する事例が広がっています。こうした事例を紹介しながら、エネルギー転換は発電方法を変えるだけではなく、社会の仕組みそのものを変える可能性を持つと説明しました。一方で、北海道では大規模な再生可能エネルギー開発が進むなか、利益の分配や地域との合意形成など、新たな課題も生まれています。寺林さんは、誰が利益を受け、誰が意思決定に参加するのかという視点を持ちながら、地域ごとのルールづくりや持続可能なエネルギーのあり方を考えていくことの重要性を語りました。

リジェネラティブから再生可能エネルギー、そしてデータセンターへ
再生可能エネルギーをめぐる議論を踏まえ、永田さんが「リジェネラティブ」をテーマにリサーチを進めるなかで、なぜ再生可能エネルギー、データセンターというキーワードにたどり着いたのかを奥本さんが問いかけます。
永田さんは、当初は農業を切り口にリサーチを始めたものの、「持続可能性」を掲げながらも、その背景には「さらに開発したい」という人間の欲望が潜んでいるのではないかと感じたといいます。その矛盾が最も顕著に表れているのが、北海道で進む再生可能エネルギー開発であり、この問題を抜きに「リジェネラティブ」を語ることはできないと考えたことが、作品の出発点になったと語りました。
これを受けて寺林さんは、再生可能エネルギーは、それ自体が「良いもの」「悪いもの」というわけではなく、誰が所有し、誰が利用し、どのように地域と関わるのかによって、その意味は大きく変わると説明しました。ヨーロッパでは、市民がエネルギー事業に参加し、自らのものとして関わることで、再生可能エネルギーを地域の資源として受け止める事例も多く見られると紹介しました。
風車がつくる風景と、その背景
北海道各地で再生可能エネルギーの現場を訪れた永田さんに、現地で感じたことについて、永田さんは、北海道の風景に美しさを感じる一方で、開発によって生まれた景観としての違和感も覚えたと振り返ります。再生可能エネルギーは「クリーン」で前向きなイメージを持っていたものの、実際に風車が立ち並ぶ風景を目の当たりにすると、美しさと戸惑いが入り混じる感覚があったと語りました。その両義性こそが、作品を制作するうえで重要な問いになったといいます。
これに対して寺林さんは、近年の風力発電は一基あたりの規模が非常に大きく、市民が主体となって設置・運営することは容易ではないと説明しました。また、建設後は20年以上にわたって景観や地域に影響を及ぼすことや、事業者の変更、撤去の問題など、長期的な課題も抱えていることを紹介しました。

エネルギーとデータをめぐる新たな課題
永田さんは、文献リサーチを進めるなかで、アイルランドの事例から、再生可能エネルギーとデータセンターが結びつく新たな構造に着目したと説明しました。アイルランドでは豊富な風力資源を背景に再生可能エネルギーの導入が進んでいますが、余剰電力を国際送電網で輸出するには大きなコストがかかります。そこで、電力そのものを輸出するのではなく、データセンターを誘致し、電力をデータ処理に利用することで「精錬」し、世界へ流通させるという考え方が生まれています。この構造を「再生可能エネルギーもまた、採掘主義(エクストラクティビズム)的な仕組みに組み込まれているのではないか」と捉えたといいます。従来の資源開発では、資源を採取する地域と利益を得る地域の関係が比較的見えやすかった一方で、データセンターとインターネットを介した現在の構造では、電力がどこで生まれ、誰が利用し、誰が利益を得ているのかが見えにくくなっています。利益を得る側と環境や地域への影響を受ける側との関係がさらに複雑化し、地域と利用者の距離が遠ざかっていく状況への問いが、今回の作品制作の出発点になったと語りました。
寺林さんは、データセンターをめぐっては世界各地で反対運動が起きており、日本でも都市部から周辺地域へと立地が移る傾向にあると説明しました。そのうえで、北海道もこうした構造と無関係ではなく、作品を通して、これまでの資源開発と共通する課題を改めて考えさせられたと述べました。
文献調査では一面的に捉えていた再生可能エネルギーも、北海道での現地調査を通して、永田さんの見方は変化していったといいます。開発への反対だけではなく、地域が主体となってエネルギー事業に取り組み、新たな地域づくりへとつなげている事例に出会ったことで、「既存の社会とは異なる可能性を想像し、それを実践する人々の姿に強く心を動かされた」と振り返りました。
また、寺林さんからは、再生可能エネルギーを地域課題と結びつけることで、福祉や防災、耕作放棄地対策など、さまざまな地域づくりへと発展している国内外の事例が紹介されました。
さらに永田さんは、AIやエネルギーの利用を通して、私たちが知らないうちに「主権」を手放しているのではないかという問いを投げかけました。これに対し寺林さんは、ヨーロッパではエネルギーを民主主義や自治の問題として捉え、市民自らが主体的に事業へ関わる文化が根付いていることを紹介し、エネルギーを「自分たちのこと」として議論し、参加していく姿勢の重要性を語りました。
アーティストと研究者に共通する「問い続ける姿勢」
トークの最後には、奥本さんから「人の話を聞き、それを作品や研究として表現するときに大切にしていること」について質問が投げかけられました。
永田さんは、リサーチでは一人ひとりの語りに強く心を動かされる一方、それを作品として編集する際には、話し手の意図や思いを損なうことなく伝えられているかを常に問い続けていると語りました。
寺林さんも、人へのインタビューでは事前に文献や資料を徹底的に調べたうえで臨み、事実だけではなく、その人が何を思い、なぜその行動に至ったのかという背景を大切にしていると説明しました。また、あらかじめ結論を決めるのではなく、人との対話を重ねながら問いそのものを更新していくことが、自身の研究の特徴だと述べました。
二人に共通していたのは、現象だけを見るのではなく、その背景にある社会の構造や人々の思いまで含めて見つめようとする姿勢でした。

エネルギーを自分ごととして考えるための対話
質疑応答では、地域主体の再生可能エネルギーのあり方や、エネルギーと地域社会の関係について活発な議論が交わされました。
地域の人々が主体となってエネルギーに関わる具体的な事例について質問があり、寺林さんはドイツ・グロースバールドルフの取り組みを紹介しました。同地域では、外部企業による太陽光発電事業をきっかけに、住民自らが出資してエネルギー事業を立ち上げ、発電だけでなく、サッカー場の屋根整備やバイオガスによる地域暖房など、地域課題の解決と結びついた活動を展開しています。再生可能エネルギーを単なる発電手段ではなく、地域づくりの一環として捉えることの重要性が語られました。
また、大規模化する風力発電と市民主体の小規模なエネルギー事業の両立についても質問があり、寺林さんは、大規模開発と地域主体の取り組みにはそれぞれ異なる役割があると説明しました。重要なのは規模だけではなく、地域が意思決定に関わり、利益を地域に還元できる仕組みをつくることであると述べました。
データセンターと地域との関係についての質問では、永田さんが、巨大な施設だけでなく、小規模・分散型のデータセンターの可能性について紹介しました。北海道では、データセンターから発生する排熱を農業や養殖に活用するなど、地域経済と結びつける試みもあり、外部から導入された施設を地域から切り離すのではなく、地域の利益につながる形で活用することが重要だと語りました。
さらに、地域がエネルギーを選択・決定する「主権」という考え方についても質問があがりました。寺林さんは、ヨーロッパではエネルギー問題を民主主義や市民の主体性の問題として捉える意識が強く、エネルギーを単なる供給の問題ではなく、自分たちの暮らしや地域のあり方を考える問題として捉えていると説明しました。
最後に、風力発電以外の環境負荷の少ないエネルギーの可能性についての質問では、北海道大学でも潮力発電などの研究が進められていることが紹介されました。今後のエネルギー問題を考える上では、新たな技術の開発だけでなく、地域で議論する仕組みや、社会全体でエネルギーについて考える場づくりが重要であることが確認されました。
本トークを通じて、再生可能エネルギーをめぐる課題は、単に技術や制度の問題ではなく、私たちがどのような社会をつくり、地域とどのように関わっていくのかという問いであることが共有されました。本展覧会・関連イベントは、アート作品を鑑賞するだけではなく、作品を通して、一人ひとりが社会や地域との関わりを見つめ直し、自分ごととして考えるきっかけとなる場でもあります。今回のトークでは、アーティストの視点と研究者の知見に加え、会場から寄せられた問いを通じて、エネルギーをめぐる課題を多様な立場から考える機会となりました。
【展示】
SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト 展覧会「永田康祐『風を掘る』」
日時:2026年7月10日(金)~ 20日(月・祝)10:00~17:00
会場:札幌文化芸術交流センター SCARTS 1F(コート、モールA・B)
◆関連イベント
「アーティスト×研究者トーク」
2026年7月12日(日)10:30~12:00
会場:SCARTSモールC(札幌市民交流プラザ2F)
参加無料、予約不要
登壇者:
登壇者:永田 康祐(アーティスト)、寺林 暁良(北海道大学大学院文学研究院 准教授)
ファシリテーター:奥本 素子(北海道大学CoSTEP 准教授)