執筆者:奥 聡史(2015年度選科B)/タイトル「誰もがコーヒー片手にカジュアルな雰囲気で科学の対話を味わうカフェ~サイエンス・カフェ札幌の10年間の歩み~」
本稿は2015年10月30日(金)から11月4日(水)まで東京ミッドタウンにて開催されていた、グッドデザイン賞受賞展を取材し、「グッドデザイン賞と科学技術コミュニケーション」のテーマの下、執筆されました。取材と執筆を担当したのは、選科B受講生の奥 聡史さんです。
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(グッドデザイン賞の受賞展に集まった、CoSTEP関係者で記念撮影。前列左から2人目が筆者)
(受賞展でのパネル展示の様子)
『コーヒーを片手に科学の話をしよう』を合言葉にして、活動をスタートしたサイエンス・カフェ札幌。サイエンス・カフェ札幌は、2005年のCoSTEP設立時から紀伊国屋書店札幌本店のインナーガーデンを拠点にして、定期的に開催されています。10年間の活動の結果、サイエンス・カフェ札幌は2015年度のグッドデザイン賞を受賞しました。今回は、サイエンス・カフェ札幌のスタート時から深く関わりがある隈本邦彦さん(元・北海道大学CoSTEP特任教授、現・江戸川大学メディアコミュニケーション学部マス・コミュニケーション学科 教授)、大津珠子さん(CoSTEP特任准教授)、小笠原啓一さん(CoSTEP5期修了生)、小野真紀子さん(CoSTEP3期修了生)の4名にお話を伺いました。
サイエンス・カフェ札幌ってなにをするところ?
サイエンスカフェは、コーヒーが飲めるカフェのような雰囲気の中で科学を語り合う場です。起源は、1990年代後半にイギリスやフランスで生まれました。イギリスにおいては、科学に深く関心のある市民が始めたのに対して、フランスでは、科学の情報提供をしたいと考えた科学者たちが始めたとされています。日本では、2004年発表の文部科学省「科学技術白書」の中でイギリスの取り組みが掲載され、それが新聞やテレビで紹介されたことがきっかけとなり、サイエンスカフェが行われるようになりました。「サイエンス・カフェ札幌」が誕生した2005年以降、国内におけるサイエンスカフェに対する期待と関心が急速に広まっていくことになります。
サイエンス・カフェ札幌は、知的好奇心をくすぐるBGMとともに始まります。流行の最先端をゆくテーマから複雑な倫理問題に至るまで、毎回様々な話題を通して、ゲストの研究者と市民が、科学に関する対話を行うべく活動しています。一般的に行われる講演会では、講演者が一方的に話すだけの時間が大半を占めており、聴衆の質問や意見の時間がそれほど多く設けられていませんが、サイエンス・カフェ札幌はサッカーのハーフタイムのように休憩時間を取り、その中でゆっくりと質問や意見を考えてもらい、終盤でゲストに回答してもらうスタイルを採用しています。そこで活躍するのが、コミュニケーションカードです。
対話の流れを円滑にするもの
サイエンス・カフェ札幌では、市民に質問や意見を記入してもらうため、コミュニケーションカードと呼ばれる用紙を使っています。コミュニケーションカードには、ゲストに聞きにくいことを含め、自由に記入してもらいます。コミュニケーションカードは、サイエンスカフェの中で理解できなかったことを再確認してもらうために、極めて重要なツールとなります。ゲストと市民の仲介役であるファシリテーターは、ゲストの専門性を予め把握しているため、集めたコミュニケーションカードを分かりやすいように分類してゆきます。カードの内容は記入者自身に発表してもらうか、ファシリテーターが代弁します。
(サイエンス・カフェ札幌の特徴の一つである、コミュニケーションカード)
「CoSTEPが考案した、コミュニケーションカードを使うと、会場の流れをコントロールしやすくなります。10年続いたサイエンス・カフェ札幌の一番の強みはまさにこの点です。カードがファシリテーターの力量をうまく引き出してくれるのです」と語るのは、サイエンス・カフェ札幌とCoSTEPの立ち上げメンバーである、隈本さん。コミュニケーションカードとファシリテーター、この2つの要素がうまく噛み合うことで、対話の流れを円滑にできるのだそうです。
サイエンスカフェの経験は研究や仕事に活かすことができる
「サイエンスカフェを通して、みんなに科学は奥が深いと感じてもらいたいというモチベーションがありました」と語るのは、CoSTEP3期修了生の小野さん。「研究者と市民に会場の雰囲気を楽しんでもらい、やっぱり科学ってすごいな、おもしろいなと思ってもらえたら、ファシリテーターとしては嬉しいものです」と、体験談を教えてくださいました。お話を伺う中で、「自分はもちろん、話題提供をした研究者にとってもサイエンスカフェは有意義なものだと思います」と語っておられたのが印象的でした。
小野さんはサイエンスカフェの経験があったおかげで、研究や仕事のあらゆるシーンで、コミュニケーションしやすくなったのだそうです。コミュニケーションのスキルを向上させることは応用の幅が広く、活かし方はその人次第です。サイエンスカフェを入り口とし、研究者であれば研究に、それ以外の社会人であれば仕事にと、役立てている方は多いのではないでしょうか。
プロの目線から見たサイエンスカフェ
「サイエンスカフェのテーマになりやすいのは天災や倫理問題が関わる、科学だけではなかなか解決できないトランスサイエンスですね。みんなそれぞれ、自分の人生経験が蓄積して今の自分がいるので、自分自身に問うことができます」と語るのは、CoSTEP5期修了生で、日本ファシリテーション協会に所属している小笠原さん。「難しいトランスサイエンスの問題を考える時、コミュニケーションカードを使って、質問や意見を整理しながら対話できるのは、サイエンス・カフェ札幌でしか経験できなかったと思う」と、プロのファシリテーターの目線でご指摘いただきました。
これから求められるもの
「50~80人程度の比較的少人数で行うことがカフェらしさを維持する上で大切です。サイエンスカフェをコミュニケーションツールとしてアピールするには、たくさん開催することが求められます。手間やお金をかけずに、みんなが楽しくね!」と隈本さんは、サイエンス・カフェ札幌を社会により広く深く根付かせていくためのアドバイスをくださいました。
「私たちの活動をきっかけに、CoSTEP修了生が新しいサイエンスカフェを全国各地で自然発生的に開催し、活躍し始めています」と語るのは、CoSTEP設立時から関わりのある大津さん。「はじめは試行錯誤しながらになりますが、新しいサイエンスカフェを行うことが、次の世代に科学の面白さを伝えるために重要です」と、今後の展望を教えてくださいました。
(グッドデザイン賞受賞後に開催された、第84回サイエンス・カフェ札幌「数学のメガネで生物を見てみよう!」)
グッドデザイン賞を受賞したことによって、サイエンス・カフェ札幌はこれまで以上に注目されています。が、決して奇をてらうことはありません。10年間積み重ねてきた経験を基に今もなおゆっくりと確実に前に進み続けます。その道程は決して平坦ではなく、近道もありません。研究者と市民の対話がより充実するよう、工夫をこらしながらサイエンスカフェを開催するのみです。今回ご協力いただいた4名の方に取材して、そのことがよく分かりました。
私は将来、農学の分野で研究者を目指しています。研究者として、今後どういった形で科学と向き合っていけばいいのか、そのヒントを取材の中で多く得られたのではないかと思います。昨今、研究者を取り巻く状況は厳しく、ただ研究成果を出せばいいという時代ではありません。研究成果を広く社会に還元することが求められており、サイエンスカフェはその好例です。私がいつか研究者になった時、市民と対話することを研究と同じくらい大切に考えられるよう、日頃からサイエンス・カフェ札幌はもちろんのこと、その他のサイエンスカフェの取り組みに注目し続けていこうと思います。