CoSTEPは、2019年度開講特別講演「科学を物語る」を、5月11日(土)13時より北海道大学工学研究院フロンティア応用科学研究棟レクチャーホール(鈴木 章ホール)で開催しました。この講演には、今年度の受講生だけではなく、一般の参加者130名の方々が足を運んでくださいました。講師を務めるのは、サイエンスの知識をベースにして小説とノンフィクションの分野で幅広く執筆活動を行っている文筆家の川端 裕人 氏です。
数多くの科学小説とノンフィクションで知られる川端 裕人 氏
著書の『我々はなぜ我々だけなのか〜アジアから消えた多様な「人類」たち〜』では、第34回講談社科学出版賞と2018年の科学ジャーナリスト賞を受賞しています。これから科学技術コミュニケーションを学ぼうとする受講生のモチベーションを上げてくれる素晴らしい講義となりました。その一部を以下にご紹介します。
小説とノンフィクションの両方を書く「二刀流」
最近、小説とノンフィクションの両方を書いている僕の活動を、面白がってくれる人が多いのです。ここ3年は「ノンフィクションを執筆する年」と決めているのでノンフィクションの作品を出すことが多いです、それでも毎年1冊は小説も出版しています。2011年から行っている、WEBのナショナルジオグラフィックの長期連載「「研究室」にいってみた。」は、ノンフィクションの執筆に繋がっています。これまで80人近くの研究者に話を聞き、その研究を目安として2万字程度でまとめています。このくらいの分量の記事を書くためには、相手の研究の深いところまで入っていくことになるので、勉強になります。
小説とノンフィクションの両方を書いていると、よく訊かれる質問がいくつかあります、その中の一つは「選ぶ基準は?」です。「それ自体」が面白く小説にする必要がないテーマや、現実的な問題提起がある場合はノンフィクションで書くことが多くなります。一方「世界を活写したい」と思うときは小説を選ぶ傾向があります。
「書き方の違いはあるのか?」については、小説もノンフィクションも「たくさん調べて書く」ことは共通しています。しかし小説の場合「調べたことをいったん忘れて書く」のに対して、ノンフィクションは「最後まで資料と格闘して書く」ことになります。書くための「必要な筋肉」が違う感じです。
「なぜ両方書くのか?」、それは好きでやりがいがあるからです。日本には科学小説、すなわち科学者の日常生活や「研究の手つきのリアリティをすくい上げる」といった「科学の現場を活写した小説」は、あまりない。そして、日本で出版されている科学ノンフィクションも海外の翻訳が中心です。このように、この分野には新しいことができる可能性のある「ブルーオーシャン」が広がっているのです。そして、うまくはまった仕事には「自分の世界も他人の世界も広げてくれる」ようなフィードバックがあります。そのことを紹介していきます。
小説のフィードバック:ロケット小説を書いたら火星に行けそうな気がしてきた
僕は1990年代に『夏のロケット』という小説を執筆していました。北海道大学出身の毛利衛さんがスペースシャトルに乗って宇宙に行く直前です。当時、テレビ局に勤めていた僕はソビエトやアメリカのロケットの現場を取材していました。取材している中で、なかなか「宇宙旅行」が実現しないなら、物語の中だけでも宇宙に行く手段を実現させようと思い、宇宙と私たちをつなぎ直す話を書こうと思いました。
それが小説『夏のロケット』につながります。1998年に小説が出版されると、この作品にインスパイアされて、あさりよしとお氏が1999年に『なつのロケット』という漫画を描きました。小学生がロケットを打ち上げる話です。漫画を描いてみると、あさりさんたちは実際にロケットを作って打ち上げたくなり「なつのロケット団」を結成したのです。この「なつのロケット団」は、2019年の5月3日に、国内民間初の宇宙ロケットの打ち上げに成功した大樹町の宇宙開発ベンチャー「インターステラテクノロジズ」の前身なのです。物語で描いたことが約20年後に現実となって、私も感動しました。物語にはエンジニアのモチベーションを上げる力があるのです。
ノンフィクションのフィードバック
ノンフィクションの場合は、小説と比べて、書いてすぐにフィードバックがあることがあります。個人的には、2004年にPTA問題を書いた『PTA再活用論』では、今のPTA報道の基調を作った自負があります。また、動物園の近代化問題を書いた『動物園にできること』の内容は、現在の動物園の問題を先取りしているともいえます。このように、小説と同様にノンフィクションにもフィードバックがあるのです。その一方で、ノンフィクションの執筆には、小説にはないある特有の悩みごとがあります。そのことを皆さんと共有してみたいと思います。
ノンフィクションを書くときに注意していることと「1人称インタビュー」
一つは「専門性の確保の必要性」です。研究の専門性が高いときほど、内容を専門家に依存せざるを得ません。そのとき、複数の専門家の言うことが食い違った場合はどうしたらよいのでしょうか。また、執筆の仕事をしていると「専門家と目されている人」が、本当に専門家といえるのか疑問に思うことも意外と多いのです。
もう一つは「批評性の観点の必要性」です。科学を伝えるとき、新しい知見が生まれたことを寿ぎ、それを興味深くわかりやすく伝える科学解説のモードがあります。それはやりがいのある仕事です。また、研究成果の社会的影響や、研究活動それ自体を批判的に伝える、ジャーナリズムのモードも必要になります。科学を伝えるとき、前者だけでは無邪気すぎる場合が多い。しかし後者だけでは、一般の報道と変わらなくなってしまいます。批判性を保ちながら科学を伝えるためには、科学をわかりやすく伝える必要が生じます。そのため、ノンフィクションを書いている場合には、自分がどちらに力点を置いているか、常に考えていなければなりません。
このように、ノンフィクションを書く場合には、専門性を確保した上で、批評性を失わず、無理に内容を単純化せず、しかも読みやすくする工夫が求められるのです。
その工夫の一つが「1人称インタビュー」です。まず、世界的な研究者と一緒に仕事をすることで、専門性を確保します。そして、対談でもインタビューでもなく「ぼく」の視点で、内容をまとめることで批評性や慎重さを担保することができます。「ぼく」が大事だと思うところを繰り返すことで、過度な単純化を避けることもできるのです。しかし「1人称インタビュー」は、科学を伝えるための工夫の一つで、この手法がいつでも使えるとは限りません。私たちはこれからも科学を伝えるための方法について考えていかなくてはならないのです。
「頻度と分布」の重要性
最後に皆さんに対して言いたいのは「頻度と分布」は科学技術コミュニケーターのための最低限必要なスキルであることだということです。どんなサイエンスの分野でも、実験や観察から結論を導く際に「頻度と分布」を考えざるをえません。だから「頻度と分布」を知らなければ、科学技術コミュニケーターはその科学の内容を伝えることはできないはずです。このスキルを身につけるためには疫学の入門書を手にとって読んで勉強することをお勧めします。北海道大学でも社会疫学について学ぶことができます。
お話ししたように僕も「科学を伝える」という未知の大洋の端っこを航海中です。その途中で、少しづつ科学を伝えるための海図を広げ、航路を作っています。とはいえここには未だ手がつけられていないブルーオーシャンがたくさん残っています。科学技術コミュニケーターを目指す皆さん Bon Voyage !(よい航海を!)
長谷川 晃 北海道大学理事・副学長
講演に先立ち、北海道大学理事・副学長 高等教育推進機構機構長の長谷川晃先生より、開会の挨拶を頂戴しました。
北大生協の協力で行われた書籍販売とサイン会の様子
また、北海道大学生協書籍部北部店のご協力により、講演後に書籍の販売とサイン会を行うことができました。ここに記して感謝を申し上げます。