実践+発信

108サイエンスカフェ札幌「ムシ居所が問題だ。エキノコックスとの付き合い~」を開催しました

2019.8.16

2019年8月4日、寄生虫学の研究者、野中 成晃(のなか なりあき)さん(北海道大学大学院 獣医学研究院教授)をお招きして、紀伊國屋書店札幌本店1Fインナーガーデンにてサイエンス・カフェ札幌「ムシの居所が問題だ。~エキノコックスとの付き合い方~」を開催しました。

札幌でも記録的な暑さが続く中、約80名の市民が訪れ、エキノコックスとキツネの話に耳を傾けました。聞き手は同じく北大寄生虫学教室出身で、都市ギツネの生態学を専門とする池田 貴子(CoSTEP特任助教)です。今回はゲストもファシリテーターも同分野の専門家というエキノコックス・コンビでお届けしました。

(左 池田 貴子(CoSTEP) 右 野中 成晃さん(獣医学研究院))

■日本のことばに残る「ムシ」たち
野中さんの専門は寄生虫の疫学です。最近の日本では身近に寄生虫症を耳にすることは減りましたが、今回のカフェにも使われた「虫の居所が悪い」や、他にも「虫が合う」「虫の知らせ」「虫がいい」といった慣用句が残っています。今では身近に寄生虫症の話を聞くことは少なくなりましたが、「自分が言っているのではなく、虫がこう伝えている」と言いたいときの婉曲的な表現として今も私たちの生活に根づいています。

■キツネとネズミをぐるぐる回るエキノコックス
エキノコックスはサナダムシなどと同じ条虫の仲間です。虫卵が動物の体内に入ると、そのまま成長してまた体内で卵を生んで…といった単純なサイクルではないのがちょっとややこしいところです。
エキノコックスの場合は、卵から幼虫になるために利用される「中間宿主」(通常はネズミ)と、幼虫から成虫に育つために利用される「終宿主」(キツネ)という2種類の宿主がいます。

まずは虫卵がネズミの口から入ると、体内で幼虫となって無性増殖していきます。キツネは感染したネズミ一匹を食べることで、体内で幼虫が数十万匹ほどの成虫に育ちます。それらが一斉に卵を生むので何百万個という卵がキツネの糞に含まれた状態で環境中にばらまかれるのです。
エキノコックスが感染する対象はネズミ(中間宿主)とキツネ(終宿主)の2種に固定されているわけではなく、ヒトやブタが、ネズミの代わりに感染し、イヌもキツネのように終宿主になることがあります。

■ヒトが感染した場合どうなるか
私たちヒトの場合はネズミと同じ中間宿主の位置にいるので、エキノコックスは幼虫になって肝臓に寄生します。ヒトの中で、キツネのように成虫にまで育つことはありません。
ただ本来のターゲットである中間宿主ではないからか、その成長はゆっくりで、発症するまでに10年から20年もの長い時間がかかります。この潜伏期間の長さから、どこで人間の口に虫卵が入ったのかという感染ルートがいまだ特定できていないのです。

まるでがん細胞のように肝臓で数を増やしていき、症状が出たときには、肝臓の組織の多くがエキノコックスの幼虫に置き換わっていて、すでに手遅れというケースが多いと言われています。また特効薬もありません。

■感染しないためにどうすればよいのか
1980年代ごろより道東から北海道全域に広がり、現在のキツネの感染率は40%前後とみられています。人間では過去20年間、毎年10〜30人の患者が報告され、近年は増加傾向にあります。

キツネやその糞に触ることはもちろん、ネズミを食べた飼い犬からも感染することがあり、予防のためには基本的に手洗いが大事です。煮沸すれば虫卵は死ぬため、山菜や野菜は必ずよく洗い、十分に加熱することが大事です。沢の水も煮沸したほうが良いですが、意外と卵の数は少ないという予想もあり、風で土埃が舞って卵が口に入ることの方が多いかもしれないという話もありました。風の強い日は要注意かもしれません。

エキノコックス検査は、札幌市民の場合、小学生以上は誰でも無料で受けられ、各区の保健センターで電話予約できます。10日ほどで陽性かどうか分かりますので、心当たりがある方はぜひ受けてみて下さい。

・札幌市 エキノコックス症検診について
https://www.city.sapporo.jp/hokenjo/f1kansen/f07ekino.html

■駆虫薬による予防が効果的
キツネの感染率を下げるために駆虫薬を散布するという取り組みも現在進められています。まずは北海道東北部の小清水町で、春先に出てくる子ぎつね等の情報から20箇所程度の巣穴を特定し、魚肉ソーセージなど駆虫薬入りの餌(ベイト)を撒く実験を行いました。その結果、ベイトを1ヶ月に1回撒いた地域では、糞便中の虫卵陽性率は0%近くまで下がることが分かってきました(撒いていない地域では陽性率は20%程度で推移)。

こうした結果をもとに(同)環境動物フォーラムと協力して住民主体による対策を呼び掛けたところ、実験をしたどの市町村でもベイト散布によるキツネの駆虫効果が見られたそうで、非常に有効であることが確認されています。散布地域を拡大することで北海道全体の感染率を下げることも可能だと野中さんは考えています。

実は数年前から北海道大学札幌キャンパス内でも、北海道立衛生研究所感染症部医動物グループと北大獣医学研究院野生動物学教室とが共同で、月に一度、1ヘクタールあたり1個の割合で駆虫薬を混ぜたエサを散布しています。その結果、散布開始から3ヶ月後でキツネの糞に含まれる虫卵がほぼ見られなくなりました。今もこの実験は継続しているそうです。

■質問コーナーと展示
会場にいた子供からも「ベイトを撒くことで何年くらいでエキノコックスを撲滅できるのか(野中さんのお答え:撲滅はまだ先だし、駆虫にはお金もかかるので、まだ先のことはなんとも言えない)」「エキノコックスにかからない動物はいるの?(お答え:感染しないことが分かっている動物もたくさんいる)」といった、たくさんの質問が寄せられました。

(巨大エキノコックスパネルと、虫卵型質問カード)

(CoSTEP本科生の本平 航大さん(獣医学研究院博士課程)による解説)

今回は休憩中に、エキノコックスに感染したネズミの標本や、エキノコックス成虫の標本や模型なども展示しました。獣医学研究院で学ぶCoSTEP受講生が解説し、来場者は興味深そうに見ていました。
野中さんはこれからもこうした市民と語り合う講演会を開催し、獣医師向けのエキノコックス教育にも力を入れていきたいそうです。野中さん、ありがとうございました。

※本イベントは、科学研究費助成事業(課題番号:JP19K14339, 研究代表者:池田 貴子)の助成を受け実施されました。